よるのむこうに
予想外に、彼は私の部屋に落ち着いていた。
ここには彼の興味をひくものなど何もない。私も彼を楽しませるような話術などない。
私達はほとんど事務的な会話のあと何も言わずにただ飲み食いしていた。普通は気詰まりになってしまいがちなそのことばの少なさが不思議と苦にならない。
「あー、帰るのめんどくせ……」
それを聞いて私は思わず目を見開いた。
帰ると言われても、帰らないといわれても、私はきっと同じ顔をしただろう。
「か」
天馬は眠たげな目を動かして私を見た。
彼が目にしたのは正座をして、年甲斐もなく顔を真っ赤にした私だった。
「帰らなくても、いいんじゃない……?」
私は脇に放り出してあった財布をぎゅっと握り締めた。
頭の中はもし彼が泊まると言ったら必要になるものは何か、それだけだった。