よるのむこうに

「もうあいつを真っ二つにしないで欲しいな。
あの時はラ・ヴェネガのランプを割られたし、ドアもあいつの足跡だらけにされた。
あんな経験は一度で十分。
今度あいつを捨てるときはあいつのためなんて甘い理由を振りかざすのはやめてね。殺したいほど憎くなるまで捨てないで」


いたずらっぽい口調でそういわれ、私は言葉に詰まった。

今でこそこんな軽い言い方をしているが、再会した時の天馬の剣幕を思うと、私が去った後の天馬の荒れようが目に浮かぶようだ。
あの2メートル近い体で暴れられては彰久君だってたまったものじゃなかっただろう。

「なんかいろいろすみません、ごめんなさい!」

これは謝罪と賠償が必要なレベルの被害だ。私は髪が床を引きずるほど頭を下げた。
彰久君は楽しげに笑い声を上げた。

「女の子に頭を下げさせる趣味はないから顔を上げて。
俺は君を責めるつもりはないよ。
結局君が天馬を引き取るんだから、俺としては嬉しい気持ち半分、君がかわいそう半分って所。
自覚がないかもしれないけど、一番の貧乏くじを引いたのは夏子ちゃんだからね」

「引き取るって……。別に天馬は誰かが面倒見なきゃならないような年齢じゃないよ」

「でも、結局は誰かがそばにいてやんなきゃ駄目なんだよね」

彰久君のため息まじりの言葉に、私はずっと気になっていたことを尋ねてみた。
「彰久君ってさ……。天馬に仕事を世話したり、担保も取らずに200万もぽんと貸したりしたよね。
どうしてそんなに天馬の世話を焼くの。友達でも普通はそこまでしないよ」

彼は私の問いかけに眉をあげた。
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