よるのむこうに

「ん?うん……。まあ、世話を焼く義理なんか一ミリもないんだけどね。
バスケをやめる前の天馬は本当に……なんていうのかな。日本一バスケの強い高校で、エースの座をあっさりもぎ取ってさ。
眩しいくらい鮮烈で、カッコよかったんだ。
あの頃、バスケをやる日本人であいつのことを知らないヤツはいないってくらいの有名人だった。そのくせどれだけ周囲の憧れを集めても、あいつ自身はそんなの関係ないって顔をしててさ。
俺、生まれて初めて自分よりもカッコイイ男に出会って、当時はものすごく悔しかったんだ」

「へえ……天馬ってそんな感じだったんだ」

改めて考えると彰久君のいう天馬は今の天馬とそう変わらないわけだけれど、自意識が強くなる十代後半ですでにそれだけナメた態度を取れる天馬はワイヤーのように太い神経をしているとも言える。なかなか普通の高校生はそんな風にはなれない。見方によってはかっこいいのかもしれない。

「昔のあいつはまぎれもない、天才だったよ。
それなのに天馬のヤツ、腐ったみたいな目をしたただのチンピラになっちゃってさ……。
最初のときとはまた別の意味で悔しかったんだよ。憧れたぶんだけ余計に悔しかった。俺はこんなクズに負けたのかって。
でも夏子ちゃんが辛抱強くあいつの傍にいてくれたから、俺のプライドも救われた。
今のあいつなら過去の俺も救われる。
ほんと、いい女だよ。夏子ちゃんは」

行き過ぎる通行人の中で、数人の女性が彰久君の言葉に反応して私の顔をちらりと見た。
私は恥ずかしくなって彼女らの視線を避けるようにうつむいた。
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