よるのむこうに
「帰るわ」
「朝ごはんどうする?」
「いや、いいわ。風呂借りるな」
「うん」
そのなんでもないさらりとした彼の態度に、私は少なからず落胆した。
一晩を一緒に過ごしたことで、私は彼の恋人になったのではないかと期待半分、戸惑い半分でいたからだ。けれど現実は昨日、中華料理屋でラーメンを食べていたときと何も変わらない。
期待するほうがおかしかったのかもしれない。
私と彼は違う。
これだけ生き方が違えば恋愛のあり方だって違うのは当たり前だ。
私は天馬が浴室を使う水音を聞きながら目を閉じ、心を整理した。
私は簡単で危険な方法で性欲と孤独を埋めた。それだけのことだ。
いくら真面目で地味な私でも、長い間女をやっていれば男の目の色の見分けくらいはつく。
天馬は一度も私に恋する男の目を向けはしなかったし、ちらとも恋に落ちたふりはしなかった。セックスをする以上、惚れたふり位するのが礼儀だが、そんな義理の顔を持たない野生の男を選んで家に招きいれたのは私だ。
昨夜の私にとっては彼がよかったのだ。嘘をつくことすら知らない礼儀知らずな男と一晩を過ごした。それだけのこと。
「じゃ、俺、帰るわ」
まだ髪が湿っていたが、彼はドライヤーも使わずにベランダに干していたTシャツを着て、昨日とほとんど変わらない格好で私に背を向けた。あわてて適当な服を着て玄関に立つ私は相当みっともない姿だっただろう。
「またな」
その言葉が彼に期待できる精一杯の『マナー』だった。
食べて、気持ちのあるふりすらせずにセックスをして、寝て、あっさりとでていく。ほとんど猫みたいなものだ。
音を立てて閉まるドアの音に、私は苦笑した。
まあ、でも、私はそんなあっさりとした事後でも不思議といやな気持ちにはなっていなかった。