よるのむこうに

もったいない。いや、服がじゃなくて天馬のその姿勢が。
私が天馬のようなモデル体型ならいろんな服を買いあさって全力でおしゃれを楽しむのに。

天馬のように何を着ても似合うというのは本人からしてみれば何を着ても同じということと似た意味を持つのかもしれない。体型に欠点がないので何でも似合う。それゆえに衣服を工夫するということに興味がない。
そして自分がそういう状態なので他人が何を着ていようと興味もない。服にお金を掛けるという発想もない。

モデルとしてこれは致命的な欠点だ。たぶん天馬は彼がそう自覚しているとおり、ファッションモデルには向いていないのだろう。

だから私もなんとなく彼の無関心に引きずられる形で、ここのところ服に対する興味が失せてしまっていたのだけれど、今日はたまたま時間があったので一目ぼれした服を買ってしまった。
天馬はたぶんまた「ふうん」と言っただけで新しい服をちゃんと見ることもないだろう。


自宅マンションの階段を上りながら、私はベッドの上に新しい服を広げる喜びを想像した。

誰も見ていないのをいいことにぴょんぴょんと跳ねながら階段を上りきったと思ったら、我が家の玄関扉にもたれるようにして人が立っているのに気がついた。天馬よりも少し背が低いけれど、それでも普通の人よりは頭一つ分くらい背の高いその人は、いい年をしたおばさんが子どものように跳ねている様子に驚いたみたいだった。

大きな目をさらに見開いている。

「あ……すみません」

別に謝る必要はないはずなのだけれど、私は顔を赤らめて小さく会釈をした。
彼は少し笑って小さく会釈を返してくれた。笑うと女の人でもなかなかないような華やぎがある。
意味もなくきつい天馬の表情や態度に慣れきってしまっていた私はそんな彼の態度に温かいものを感じた。

「ここの家の人?」

彼は部屋番号を示すナンバープレートを指差した。
私は頷いた。
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