よるのむこうに

しかし。

悪、く……ないね。
うん、若い男の子に女の子扱いされるのは一種の無礼ではあるのだろうけど、これは……「いい無礼」だ。怒る気になれない。むしろこの子が素晴らしくいい子に見えてきた。

「え、えっと。とりあえず狭いところですけどおあがりください」

私は急いで部屋の鍵を取り出した。
天馬は無口で自分の思っていることをあまり口にしない性格だからきっと友達ができにくい。彼のあの性格を容認して友達づきあいをしてくれている貴重な人材に逃げられてしまってはいけない。天馬は一生孤独に過ごすことになる。これは彼の人生において大いなる損失だ。

「あ、いいよいいよ。いきなり押しかけたのはこっちだし」
「いえいえ、あのバカどうせやることもないんですぐ戻ってくると思いますゥ」

私はほとんど無理やり彼を自宅に引きずりこみ、コーヒーとお菓子を出してしまった。にこにこと愛想よく笑いながらさりげなく玄関に近い場所に陣取り素直には返さない構えだ。完全に不登校の子どもを持つ母親の態度である。
ここまですれば30分は逃げられまい。その傍ら、彼に何度も何度も電話をかけた。

「ホント、すみません。あいつ鉄砲玉だから」
「鉄砲玉って何?」
「え」

軽くショックだった。今の若い人は鉄砲玉という言葉を使わないのか。

「行ったきり戻ってこない人って意味です」

彼はそれを聞いて笑った。

「的確。夏子ちゃんって面白いね」
「……」

私は愛されているとは言いがたいが一応天馬の彼女(的な存在)なので、全面的にときめくわけにはいかないが、この彰久という子は非常に……女あしらいがうまい。天馬とは真逆の性格のようだ。

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