よるのむこうに
「ま、過去が何であれ今の天馬はほぼ無職状態だね。モデルの仕事はやらないし」
ほぼ無職。
気くだけで胸が痛くなる言葉だわ。
「今日はあいつにいい話を持ってきたんだけど、先にアポをとると逃げるから待ち伏せしてるんだ」
「な、何か大変ですね。社長さんっていうのも……」
というか世間の社長さんはやる気のない従業員のためにいちいち家まで迎えにきてくれたりしない。これは本来社長さんの仕事ではないのだ。
「いやーあいつが友達じゃなかったらここまで世話は焼かないよ。夏子ちゃんはいい子っぽいから、はい、これ」
彼は胸元から名刺を出して私に渡した。
「あいつに愛想が尽きたけどなかなか出て行かないとか、何か困ったときは連絡くれる?あ、あと何も困ってなくても暇なときは連絡ちょうだい。ゴハンでも行こう。食べ物は何が好き?」
「え、最近は炉辺焼きと焼酎のお湯割りでくーっと……ってそうじゃなくて、え、ナンパですか、私は一応天馬の、」
私は自分を「彼女」と呼ぶべきか「飼い主」と呼ぶべきか迷ってしまった。
だって天馬は一度も私に「付き合おう」なんて言ったことはないし、私もなんだか怖くて天馬にそれを言ったことがないからだ。
彰久君はそんな私を見て笑った。
「やだな、そういうのじゃないよ。俺は女の子とご飯を食べるのが好きなだけ。ヤローには奢らないけど女の子にはご馳走するよ」
それを世間ではナンパと言うのだ。
私は彼の言葉が冗談なのか本気なのかわからないままハハと乾いた笑いをもらした。
その時、玄関で物音が聞こえた。傘を倒す音と荒っぽくドアを閉める音。体の大きな天馬はいつだって玄関の何がしかに体をぶつけるのだ。
「……お前、こんなとこでなにやってんの」
背の高い天馬が部屋に入ってくるとただでさえ圧迫感がある。ただいるというだけでその状態なのに、天馬は部屋に彰久君がいるのをみて思いきり眉をしかめ、威嚇するようにそう言った。