よるのむこうに

この二年、天馬は『樋川』という人について一度も口にしなかった。きっとそこには彼なりの理由があるんだろう。

それに……、樋川という人との間に何があったにせよ、私は事情すら知らない完全なる部外者なのだ。聞いたところで何になるというどこか投げやりな気持ちもあった。

だって、私は天馬の彼女なのか、それとも飼い主なのか……自分でもよくわかっていないのだから。

「ごめんね。あと……聞かないでくれて、ありがと。……忘れて」

彰久くんは私の前髪をそっと撫でた。まるで大事な人をいつくしむようなその優しいしぐさに私の顔がさっと熱くなった。
彼はそれに気付いてふっと微笑んだ。

「夏子ちゃんって中学生の女の子みたいだね。天馬ってこういう女の子がタイプだったんだ」
「な、なにそれ……」

お世辞なのか皮肉なのか、彰久君の優しい笑みを見ていてもその真意は見えない。私は普段から年相応のふるまいをしているはずだし人から子どもっぽいと言われたこともない。若く見えるとさえ言われない。正真正銘、年相応の人間だ。

彰久君は私の頬に手を添えた。

「天馬ってあの性格だから女の子とは長く続かないんだ。
カップルだったらお互いになじむまでは喧嘩だってしてしまうのはしょうがないのにさ、いつもちょっとしたことで自棄になって放り出す。仕事でも女の子でも。
昔はあんなやつじゃなかったと思うんだけどさ……」

「そういう時期は誰にでもあるよ」

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