よるのむこうに

高校の教師をしている私は特に男の子のそういう現場に出くわして振り回される。

自棄(やけ)になって大事なものを放り出してしまうのは誰にでもあることで、私だって経験した。ただ、天馬のように大人になってそれをやってしまう人というのはあまり見ない。みんな自棄になって放り出したくなっても我慢するか、一旦投げ出しても自分でちゃんと拾いに行く。

いつか、天馬もそうできるようになればいい。それとも……投げ出せないほど大事な何かを見つけるか。
そうは思うけれど、その日がくるのが怖くもある。
投げ出さないことを覚えた天馬にはたぶん、私はもう必要ないだろう。

「……そうだね」

彰久くんは優しいけれど、どこか情けないような、どこか痛むような、そんな笑みを浮かべた。

「天馬が帰ったら電話するように言っておこうか」
「ううん、いいよ。今日は俺が失敗したんだ。俺が悪い。夏子ちゃんが気にする事じゃない」
「あ、あのね」
「うん?」
「天馬はあんなだけど、また仕事の話があったら……」

いい仕事があったらまわしてあげて欲しい。そう言いたかったのだけれど、話を持ってきてもらったところで天馬がその話を受けるとは限らない。他にもモデルをやりたい、お金にならなくてもいいから写真に残りたいという子ははいて捨てるほどいるだろう。私が口を出すことじゃない。

言いよどんだ私の頭を彰久君が軽く叩いた。

「お母さんじゃないんだからそこまで気をまわす必要はないし、あいつもそれなりに言い分があるだろ。仕事のことは口を挟んじゃダメ。君が嫌な思いをするのは俺がいやだからね。
じゃあね、夏子ちゃん。今度デートしようね」


彼は私の言葉を軽くかわしてそのまま帰っていった。
たぶん、私は口を挟むべきで無い所に口を挟んだのだろう。彰久君が軽く聞き流してくれたおかげで私はやっと自分が暴走気味であることに気づくことができた。
天馬の仕事のことなんて私には関係ない。ちょっと子どもっぽいとはいえ天馬は成人男性だ。彼を私の生徒たちと同じように扱って、友達の前で恥をかかせてしまうところだった。……むきになって、バカみたい。私が足掻いても本人があれじゃどうにもならないのに。

今のままでいいと言いつつ、それじゃ駄目だと思う気持ちもある。
一体私は天馬にどうなって欲しいんだ。
他人を変えるなんて自分を変えることの100倍難しいということはすでによくわかっているはずなのに。
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