よるのむこうに
5、むしろ、嫁が欲しい

私は英語準備室の隅で小さくなって携帯を耳に押し当てた。
私のデスクの上には食べかけのコンビニ弁当が手付かずのままのっている。忙しくて昼休みに食べることができなかったのだが、放課後の今になってもまだ手をつけられない。

「わ、わかってるって……うん、うん」

私は小さな声で電話の相手を宥めようとするが、相手の興奮はおさまらず、携帯を耳から離してもヒステリックな声が聞こえる。


電話の相手は母だ。

更年期障害だろうか、母はここ数年非常にヒステリックだ。


母は月に何度か私に電話をかけてくる。

それ自体は何の問題もないのだ。
電話をかけてきた母はなず、実家に同居する兄夫婦の子、つまり母にとっての初孫について話し始めるのが定番だ。
幼稚園が楽しいみたいだとか習い事を始めたとかそんな話はネタが尽きない。

私もその段階では楽しく母の話を聞いている。
だが、楽しく話しているのは最初の10分ほどだ。いつもそのあたりで母の「夏子は付き合っている人はいないの」という言葉が出る。それが出たら楽しいおしゃべりは終わりだ。

そこからだんだん母が興奮し始め、私は結婚しないのか、一人暮らしだから結婚できないんじゃないのか、教師の職場環境のせいで結婚できないんじゃないのかなどと言いはじめる。

一人暮らしをしていても教師でも結婚している人はたくさんいる。だからこれは完全に母の言いがかりなのだけれど、母は自分の言葉に自分で興奮して私はこのままでは一生結婚できないのだと決め付けて一人悲嘆にくれる。
そして最後には実家に帰ってこいとか母の遠縁と結婚しろと言い始めるのだ。

結局母は離れて暮らす娘が心配なだけなのだろう。

しかし毎度毎度このパターンでいつ終わるともわからない説教を聞かされているこっちはだんだん腹が立ってくる。
しかも、私をこういう顔に生んだ張本人に「あんたはブスやけ、早よ嫁にいかんとよけいに縁遠くなる」などといわれては、いかに私が温厚な人間であろうとひとこと言い返したくもなる。

私は確かに母のいうとおり美女ではない。
でもそれなりに……ちょっとはかわいいところがあるのだ。
例えば……この年で虫歯一つない白い歯とか……そうだ、健康診断でも血液美女だってお医者さんに言われた。血液美女だって美人の一種には違いないだろう。

「見合いなんかせんて何度も言うてるでしょ。仕事も忙しいし毎日楽しいし結婚なんかせんでも困らん!」
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