よるのむこうに
今まで声をひそめて母と話していたのに、つい大きな声でそう叫んで携帯の電源を落とした。
こうしないと母は何度も何度も電話をかけてきて、私が母のいうことに全面的に従うまで徹底的に説教をするのだ。
「ったく、頑固もんが……」
携帯をデスクに投げ出して立ち上がると、私のデスク脇に男子生徒が立っていた。剣道部の主将、山口くんだ。
彼は剣道部の主将で、部活では真面目で後輩の面倒見がいい。
「あ、い、いたの……」
彼は気まずそうに第二体育館の鍵を渡した。
「うん、……なんか、ごめん」
なぜ君が謝るのだ。
「ええと、山口くんがここにいるということは、部活はもう」
「あ、うん。終わった。残ってるやつはもういないと思う」
ああ……。やってしまった。
私はデスクの上のレジ袋をみつめた。部活が終わる前にこれを部員に配ろうと思っていたのだ。
山口君は私に釣られるようにしてデスクの上を見、そして苦笑した。
「俺らに差し入れ?」
「私は名ばかり顧問で剣道のことは何も指導できないからこのくらいはね」
剣道部の顧問になったばかりのころは部員に混じって竹刀を振ったりもしてみたのだが、すぐに筋肉痛で腕が上がらなくなって断念した。毎日黒板に字を書かなくちゃならない教師の腕が上がらないのは困るのである。