よるのむこうに
「先生、さっきの電話、先生の親?」
「ハハ。聞こえてたよね。……いや、大人になっても節目っていうのはあるよね。私もそろそろ結婚、しなきゃいけないのかなー」
高校生にそんなことを聞いてもしょうがないのだけれど、私は結構生徒に自分のことを話してしまうほうだ。そのほうが生徒との距離が近くなるような気がする……というのは建前で、結局のところ、私は周りの人に自分のことを知ってほしいし周りの人のことを知りたい。ビジネスライクな教師には永遠になれそうもない。
山口君は少し困ったようなかおを作っていたけれど、やがてふふ、と笑ってしまった。
「先生、独身主義なの」
「ああ、うん。っていうかがっつり聞いちゃってんじゃん。
独身主義ってワケじゃないんだけど……困っちゃうよね。結婚しろって言ったって、そんなに結婚したいと思えないよね。自分のことだけで一杯一杯だよ」
「大人でもそういうもんなの」
「そりゃそうだよ、起きて仕事して帰ってご飯作ってお風呂にはいったらもう寝る時間だよ。結婚する暇なんかないし、結婚できたとしても家族の世話をする時間はないなー……」
このまま家に帰ったら、おなかをすかせた夫と子どもが待っている。急いでご飯を作らなくちゃ。
子どもの宿題を見て、それから夫のワイシャツを洗濯しなきゃ。
ただの想像なのにそれだけでうんざりしてしまった。仕事だけでも体力が持たないと思うときがしばしばあるというのにここにさらに負荷をかけるなんて過労死してしまいそう。
「一人で生きるのって怖くない?老後どうするとか決まってるの。
俺は……一人はやだな。いつか親は先に死ぬし、俺、兄弟いないし」
「そこまで先のことは考えてないよ。山口くん……まだ高校生なのにそんなこと考えるんだ。私は仕事のことで頭が一杯でそこまではまだ考えたこともないな」
山口くんとは彼が剣道部を作りたいと言い出したときからの付き合いだからほかの生徒よりも親密だと思っていたけれど、こんな話をしたのは初めてのことだった。