よるのむこうに
「だったら、先生の場合はお嫁さんを貰えば。いや、専業主夫、かな」
「なるほど」
今まで一度もそんな事を考えてみたことがなかった。
結婚するなら私はお嫁さんになるに決まっていて、お嫁さんはなんとなく家事育児法事のすべての主力になるものだとイメージしていた。それ以外の選択肢を考えてみたことがなかったのだ。
私の時代にもジェンダーフリー教育は行われていたし、働くお母さんだってそれなりにいた。男子だって家庭科の授業を受けていた。
けれど景気のいい時代を知らず、共働きが当たり前になりつつある家庭で育った今の高校生たちが見ている「家庭」というものは私達の世代が見ていた「家庭」とはまた違った姿を現しつつあるのだろう。
何のためらいもなく専業主夫という発想が出てくることに新鮮な驚きを感じた。
「お嫁さんかぁ。それなら……仕事も続けられそう、むしろ助かる、かな」
「先生がいないと困るなあ。顧問がいなくなったらまた剣道部は同好会に格下げだ」
「剣道部ありきか」
冗談めかして彼をにらむと彼も肩をすくめて笑った。
負うた子に教えられて浅瀬を渡る、とは昔から聞く言葉だけれど、教師という仕事をしていると生徒から学ぶことが多い。
結婚がさほど無理な課題ではないとわかると私の心は少し軽くなる。
それならば天馬でも、と思いついては見たものの、やっぱり天馬では無理だと苦笑がもれた。水周りの掃除ができない人間に主婦は無理だ。専業主夫は無資格でもこなせる仕事だけれど、才能は必要だろう。私は専業主婦になったことがないからこれはあくまで想像だが。
それに、天馬が私と一緒に暮らしているのはそれが楽だからであって、おそらく恋愛感情ではない。彼はいつか巣立っていく人だ。とても結婚なんて……私も、彼も考えられない。