よるのむこうに
「いてて……」
伸びをすると腕や背中がきしんだ。
天馬はそんな私を見上げて浅く笑った。
「なんだよ、ババアみてぇ」
少なくともあんたよりはババアですが何か?
私は天馬をにらんだ。
しかし天馬は私の不機嫌など歯牙にもかけない。裸のままベッド脇に置いたペットボトルに残った水を飲み干した。少し身をよじるだけで脇から背中にかけてしなやかな筋肉が浮き上がる。
私はそこに先ほど自分が残した爪のあとを見つけて顔を赤くした。
「昨日、お米を運んだでしょ。たぶんそれで筋肉痛になったんだと思う……」
「こんな柔らかい腕で筋肉痛ってか」
天馬は私のたるみきった二の腕をつかんだ。
「馬鹿にして……」
「筋肉なんかないくせに筋肉痛とか言い出すからだろ」
彼は私の筋肉痛発言を馬鹿にして笑った。自分が筋肉には自身があるからといっていやな男だ。
「ったく、しょうがねえな。今日の牛乳当番は俺な」
牛乳当番というのは牛乳を買いに行く役目のことだ。
我が家の牛乳の90パーセントは天馬が消費しているので本来牛乳は天馬が買いに行くべきだろう。よく考えたら毎日一リットルもの牛乳を消費する天馬のために私がせっせと牛乳を買いに行くこと自体がおかしいのだ。
「今日だけじゃなくてずっとやってよ」
「パチ屋からの帰りにスーパーに寄ると遠回りなんだよ。お前は駅からスーパーを通って帰るんだから通り道だろ」
そういう理屈で今まで私に牛乳をせっせと運ばせていたのか。普段無口な彼から彼の考えている事を聞いてたまにのけぞりそうなほど驚く。人としての配慮が完全に抜け落ちている。