よるのむこうに
「もう頑張らない!牛乳は自分で買いにいって。重いんだから」
「うるせぇな。お前、だんだん母親みたいになってきたぞ」
子どもが注意されるようなことをいまだにやっているほうに問題があるとなぜ思えない。
私は天馬の長い足に蹴りを入れた。その拍子に後ろに倒れそうになるが、天馬が手を伸ばして私の腕をつかみ、引き戻す。
「どんくせぇ。お前よく今まで生きてこれたな」
私がどんくさいのではない。学生時代、私の体育の成績は並程度だった。つまり天馬がおかしいのだ。
私は天馬がバスケットを楽しんでいた姿を思い出した。
あのとき、天馬の動きにはまるでネコ科の動物がじゃれているような余裕があって、あくまで遊びといった雰囲気だった。
けれど、相手の二人は本気だった。
彼らは普通の若い男の子達で特別にぶいわけじゃない。その二人が必死になって天馬を追いかけてもひらりとかわされてしまうのだ。
彰久君の話によると、天馬は昔、強豪校のバスケチームに所属していたらしい。
けれど、高校時代に強豪校のバスケチームに所属していたというだけでこんなに身体能力に差が出るものなんだろうか。
パチンコとゲームばかりの生活では、いくら高校時代に鍛えていたとしてもとっくに体がなまっていておかしくないと思うのだけれど。
彼がやたらに飲んでいる牛乳の健康効果が出ているのだろうか。もしそうだとしたら牛乳は下手なサプリメントや健康食品よりもよほど健康にいいということになる。
私は天馬のために買い込んだ牛乳を手に取り、冷蔵庫で冷やされたそれをこっそりとコップ一杯失敬した。
「珍しいな、お前が朝から牛乳なんて」
天馬が横からやってきて横から牛乳パックを取ってパックから直接牛乳を飲み干した。