よるのむこうに

6､教師はいかにして職を失ったのか

黒板にチョークを滑らせる音が、妙に大きく響いていた。


「無生物主語構文の訳は日本語だとどうしても不自然になります。
なので、このように副詞節として訳をするか目的語となっている人を主語にするなどちょっと工夫して訳すと自然な日本語になります。
では実際に訳してください。出席番号10番山口くん前に出てTalking toから訳してください」

黒板に例題を書いて教卓横に置かれたスツールに腰掛けた。
本来私は授業中は立ちっぱなしになることが多いのだけれど、まだ例の米袋の一件で足腰が痛いので座らせていただく。腰を下ろす際に「うっ」と声が漏れてしまい、丁度前に出てきたところの山口君が変な顔をする。

年は取りたくないものだ。
昔は筋肉痛なんて翌々日には治っていたのに今はかなり長引く。
今後、米の買出しも天馬に任せてしまおうか。

頭の片隅でそんな事を考えながら、私は山口君が黒板に解答を書く様子を眺めている。
思ったとおり、山口君は早速答えに詰まっているようなので私は助け舟を出そうと立ち上がった。いや、立ち上がろうとした。けれど、とつぜん足の力が抜けて床に膝をぶつけた。

「何やってんだよ先生～」

ヤンチャな生徒が笑った。

「ちょっと、誰も心配しないってどういうこと？恩師だぞ私はァ」

そんなことを言い返しながら私も笑った。そして立ち上がろうとするが、膝をついた拍子に骨にヒビでも入ったのだろうか、今まで経験したことのない痛みが走った。
初めてのことにパニックになりながらも、私は教卓に手を添えて立とうとする。

「先生、」


山口君が私の右腕をつかんだ。私の手を軽く引いてくれるつもりだったのだろうが、私は予想以上に足に力が入っていなかった。山口君は一瞬私に引きずられかけて両手で私を起こし、私をスツールに座らせてくれた。

「誰か、他の先生呼んできて。先生……おかしい」

倒れこむ際の私を一番そばで見ていた山口君には私の異変がいち早く伝わったのだろう、彼の表情はひどく緊張していた。