よるのむこうに
「あー腹へった……。今日の晩飯、何?」
「えっ……」
一日パチンコをしていただけの人に私が晩御飯を作るの?そう言いたいところだが、まだチャームの魔力が私を支配している。
「えっと……オムライス、かな」
多くの若い男性がそうであるように、天馬はカレー、ハンバーグ、オムライス、唐揚げが大好きだ。だから帰りが遅くなる時期はほぼこのメニューのローテーションで乗り切らせてもらっている。
ありがたいことに、天馬はこういう、若干胃に重いメニューが続いても「一汁三菜」とか「化学調味料を使うな」「スーパーのお惣菜なんて手抜きだ!」などというめんどくさいことは言わない。おそらくだが、彼の頭の中には化学調味料とか献立などという概念はない。スーパーのお惣菜と家で作ったお惣菜の区別もたぶんついていない。キャベツとレタスもたぶんどちらがキャベツなのかはっきりとはわからない。わかろうとも思っていない。
食に関しては小学生男子くらいのこだわりしかない。
「……ニンジンいれんなよ」
彼は大きなきつい瞳で私をにらんだ。
私は彼ににらまれるたび、心臓をきゅっとつかまれたように息苦しくなる。
この喧嘩上等のきつい目と「いい年をしてニンジンも食べられない」という事実のギャップに、何も言えなくなってしまうのだ。かわいいのだか不憫なのだかわからない複雑な気持ち、そう表現するのが近いかもしれない。
この男はわざと母性本能にアピールしているのだろうか。……いや、天馬はそこまで計算できるほど頭を使う人間ではない。たぶん。
「明日は金曜日だし、二人で待ち合わせてどこかで食べようか。給料日だし、ごちそうするよ」
チャームのお礼というのではないが、浮かれてしまった私は天馬を外食に連れ出したくなった。いつもいつも私の手抜き料理では飽きてくるだろう。少なくとも私は自分の料理に飽きてきた。
しかし天馬はやはりだるそうに答えた。
「あーパス。俺仕事だわ」
「またパチンコ?」
「いや、別件」
「……」