よるのむこうに


いつもよりも早く帰ると、珍しく昼間から天馬が家にいた。

「早いじゃん」
「え?ああ。今日は授業だけ済ませてすぐに帰らせてもらったの」

帰り際、医師は疲れやストレスをためないようにというアドバイスをくれた。

今日はきっとそうできるだろう。一日だけならば。けれど普通に生きていれば疲れもストレスも避けようがないものだ。教師という商売は相手というものがあり、きっちりと定められた授業計画がある。体調が悪いからといってペースダウンをすればそれはすなわち生徒に響く。

なんとかやり過ごすしかない。

キッチンにはコンビニの袋に入ったままの栄養ドリンクが並んでいる。
これで、乗り切ろう。できるはずだ。だって私は教師としてはまだ若手の部類に入る。同僚たちに比べれば体力はあるはずだ。

「ふうん」
天馬はチラッとコンビニの袋を見ただけで特に何も言わなかった。

「さあて、今日は時間があるから何をつくろうかな」
「あ、今日ラーメンいかねえ?奢るし」

私は思わず笑顔になった。たとえ千円に満たない金額のラーメンでも、天馬がご馳走してくれるなら嬉しい。

天馬は決してケチな男ではない。それどころかどちらかといえばお金には執着のないタイプだ。お金があるときには奢ってくれる。ごく稀にモデルの仕事を受けたときなどはそれまでの困窮もすっかり忘れて記念日でもないのにちょっとしたものを買ってきてくれるのだ。

彰久君のいっていたモデルの仕事を受けたのだろうか。そうだとすれば単発の仕事であってもやはり嬉しい。

< 62 / 269 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop