よるのむこうに
「先生、リウマチの原因って……なんですか」
特に体に悪いことをした覚えはない。
むしろ私はお酒はあまり飲まないし煙草も吸わない。なるべく自炊を心がけているし、特に極端に太っているということもなければその逆もない。
世に私よりも不健康な人はたくさんいる。それなのになぜ私が。そう思った。
「リウマチになる原因はまだよくわかっていないんです。極端な疲労やストレスが原因だという人もいますし、遺伝的なものだとも言われていますが……。」
「そう、ですか……」
ショックで頭がぼんやりしている。
受付で名前を呼ばれるのを待っている間、医師からもらった冊子をパラパラと読んでみた。
リウマチは自分の免疫が自分の体を異物とみなして関節を攻撃、破壊する病気だ。
腫れた関節の絵や、家族と助け合って暮らすリウマチ患者のイラストを見ながら、私はこの病気に「寛解(かんかい)」はあっても「完治」はないこと、そしてこれが原因不明の難病で、比較的若いうちに寝たきりになる人も少なくないこと、服薬しているうちは子供は望めないことなどを知った。
自分で自分を攻撃、か。
では私が死ねば病気も止まる。逆に言えば死ぬまで治らないという事だ。
そりゃ難病といわれるわけだ。死んでしまったら病気が治ったところで意味などない。
変な病気だ。
私の親族にリウマチの人がいるとは聞いたことがないし、極端にストレスをためていたわけでもない。普通に働いていただけだ。
私の生活の何がきっかけだったのか全くわからないし、本人さえ自覚のないうちに病気のきっかけを作っていたのだとしたら、自分自身の努力ではきっと防ぎようがなかっただろう。
だって私はごく普通に生きていた。体を酷使したり、極端に体に悪いことをしたこともない。むしろどちらかといえば健康に気をつけている部類の人間だったと思うのだ。
『当面、症状が落ち着くまではせめて関節に負担をかけないように、十分以上続けて歩いたり立ったりしないでください』
医師はそう言ったけれど私は教師だ。
授業の時間は決まっているし、修学旅行では10分以上続けて歩けないなどとは言っていられない。病気のことはもちろん教頭や校長に言ってはみるし、彼らも配慮してくれるだろうけど……本来あるべき教師の仕事風景から遠ざかってしまうことはなるべく避けたい。
困ったな……。
本当に、困った。
駅へ向かう坂道を歩きながら、私はそのとき、まだ自分のことしか考えていなかった。