よるのむこうに
天馬の言う別件というのはモデル業のことだ。
天馬は190センチ以上と背が高く、毎日パチンコをしているだけなのになぜか筋肉質でスタイルがいい。
顔は華やかとは言えないけれど、目鼻の配置はいい。すっきりと通った鼻筋と大きな切れ長の瞳、引き締まった口元などを見ていると、時間の過ぎるのも忘れてしまうほど整っている。美形といっていいだろう。
それほど容姿に恵まれているというのに、彼はどういうわけかモデル業を嫌っている。
積極的に仕事を取ってこようとかモデルとして自分を磨こうなどという気持ちはみじんももっていないようで、本人はあくまでパチプロを自称している。
つまり、彼にとってモデル業とはあくまでパチンコがうまく行かずに自分の小遣いが確保できなくなってきたときに窮余の策としてとられる収入確保の手段なのである。
世の中にはモデルを目指して必死で努力している人もいるというのに、天馬は生まれ持ったスタイルと顔と若さにあぐらをかいているだけのバイトモデルなのだ。
もちろんそんなスタンスでやっているモデル業なので継続して収入になる雑誌の専属契約や大きなブランドの専属モデルのようないわゆる「おいしい仕事」などは回ってこない。単発で引き受けてくるチラシのモデルかフリーペーパーの表紙など、安く安定しない地域密着型の仕事ばかりをこなしているようだ。
明日、そのモデルの仕事をするというのだから、今の彼は小遣いあるいはパチンコ資金に困っているのだろう。
せっかくスタイルがいいんだからもっと真剣にモデルをやればいいのに。モデルを本業にしてその合間にパチンコをやれば今のようにパチンコ資金に詰まることはない。
時々そんなことも言いたくなるのだが、彼はたぶん私のそんな言葉すら聞き流してすぐに忘れてしまうだろうから言わない。天馬はそういう男なのだ。
立ってトイレを使うな、雨が降りそうなときは傘を持っていけ、賞味期限の切れた牛乳を飲むな、などなど、私は今まで何度か彼に子どもにするような注意をしてきたが、そのすべてを彼は聞き流した。
彼は私が彼に腹を立てていようが、彼の悪い癖に苦悩していようが一切気にしない。
たぶん、私は彼にとってはかなり都合のいい存在であって、大事な彼女という存在ではないのだろう。
ほかに好きな人ができれば、天馬は私に別れを告げなければいけないということにすら気付かず、気の向くままふらりと出て行ってしまうのだろう。
……ま、そうなる前に私が天馬のふるまいに切れて彼を追い出す可能性も高いわけだが。
私は指先に絡めたチャームをポケットの中でもてあそんだ。