よるのむこうに

「はい……。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

予想以上に早い「限界」に情けなく、私は下唇をぎゅっと噛みしめた。そうしていなければ涙が溢れてしまいそうだった。
辛いことも多かった。思い通りに行かないことはいまだにある。それでも教師という仕事は好きだった。きっかけはテレビドラマの影響だったとはいえ、私は教師に憧れて教師になった人間だ。
憧れた職業に就けることがどれほど恵まれたことなのか、社会に出てみれば痛いほどに良くわかる。私はその恵まれた人間のうちの一人だったのだ。喜びに満ちた道を私は今踏み外し、先の見えない道を歩き出そうとしている。

「いえいえ、ご病気になられたのは先生だって本意ではないでしょう。早く治してまた一緒に働いてくださる日をお待ちしています」

校長先生の言葉には温かさがあった。彼は心底私の突然の病気を残念に思ってくれている。私に復帰を願ってくれているという言葉にも社交辞令以上のものがこもっているだろう。
それだけに私は自分が情けなかった。残念でならなかった。しがみつけるものなら同僚の手を煩わせてでもこの仕事にしがみつきたい。未練がましい気持ちがふとした気の緩みで口をついて出てきそうだった。

「本当に、学年半ばでこんな事になってしまって申し訳ありません。
なるべく早く復帰できるよう、療養に専念します。
あたたかいご配慮、感謝いたします」


彼らは私の言葉に顔を見合わせ、そして優しく当たり障りのない慰めを口にした。こんな形で働けなくなる私に、世間は優しい。そして……厳しい。
学年半ばで投げ出してしまうことになる生徒たちの顔がちらついた。辞めたくない。辞めたくないのだ。
< 75 / 269 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop