よるのむこうに

長い有給休暇が始まる。基本的に教師というものはなかなか休暇をとりづらいものだ。私もなかなか有給を言い出せず、大学時代の友人の結婚式にいけなかったことが何度もある。
けれど、いざ働けなくなってみればむしろ周りのほうから有休を消化しろという。取りなれない休暇を手にした私は罪悪感で妙にそわそわしてしまう。

なるべく早く診断書を貰ってくること。
学校事務所に行って病気休暇の申請書類を提出すること。
高額医療費の申請条件を調べること。

手帳に小さくメモをしながら各駅停車の電車に揺られている。
平日昼間の電車は驚くほどすいていて、妊婦さんやお年寄り、幼児。普段あまり会うことのない人たちがそれぞれの時間を過ごしていた。ジャケットにパンプス姿の私は少し浮いているようで落ち着かない。

大きな駅のホームに電車が入ってゆく。ドアが開くと夏らしい生暖かい風が社内に吹き込み、それといっしょに大学生くらいの若い男性数人が乗り込んできた。腰で履いたダメージデニムや彼らが動くたびに音を立てるウォレットチェーンを見ているうちに、私は似たような格好をしている人、つまり天馬のことを思い出した。

やっと思い出したのだ。

そうだ。
彼を、どうしよう。

< 76 / 269 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop