よるのむこうに

何を注文すればいいのか、メニューを見ても日本語で書かれているはずのその短い文の意味が少しも理解できない。

「アマランサスのディアボロ風オムレツ」とは一体なんなのだろうか。
さっぱりわからないので、私はアメリカ大陸のナントカ水を使っているという一番安いオリジナルカフェを注文した。「カフェ」と名乗るからにはコーヒー系の飲み物に違いない。しかしナントカ水がどれほど希少な水なのかは知らないが、たかがコーヒー一杯に2500円は取りすぎだと思う。これが席料というやつなのだろうか。ここでは私の理解できない経済が動いているようだ。


「それで、天馬の話、だっけ」
「ああ、はい」

頷いた私に、彰久君はうんざりしたように天井を仰いだ。

「いやだなぁ、せっかく夏子ちゃんが電話をくれたのに、あいつの話かぁ」

「ごめんね、ちょっと聞きたいことがあって」


うんざりして見せたのはあくまでポーズだったのか、彰久君はすぐに表情を明るくして私のほうへ身を乗り出した。

「いいよ、何?何でも聞いてね。俺は全面的に夏子ちゃんの味方だから」


初めて会ったときもそう感じたが、彰久君は女性と話をするときは露骨に態度を変えるようだ。
あまりにもそれが露骨なので、もしかしたら彼は何らかの病気なのだろうかなどと失礼なことをちらりと考えてしまう。

しかし今日彼を呼び出したのは彼のカウンセリングをするためではない。天馬のことを話したかったのだ。
私は気持ちを切り替えて言葉を選びながら話を始めた。


「彰久君は、天馬のことって、どのくらい知ってる?」

「……ん?どういうこと」

「たとえば……実家の家族、とか……」
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