再生する
3:悩む火曜日
次の日。火曜日。週に一度の休日。
掃除や洗濯をして、冷蔵庫に食材を補充したあと、昼過ぎにホームセンターと百円ショップに向かった。
そこで掃除用具や洗濯用品、台所用品を一式、その他必要になりそうなものや整理整頓グッズを買い込んで、神谷さんのマンションへ向かった。
でもまだ彼は仕事から帰っていないだろうし、帰っていたとしてもなんとなく部屋を訪ねづらくて、コンビニの駐車場に車を停めた。
行かなければ。明日までこの荷物を車に積んでおきたくない。
掃除用具や台所用品だけならいい。問題は後部座席を横断して助手席まで伸びている物干し竿だ。邪魔で仕方がない。
早く神谷さん宅のベランダに置いてこなければ。
そうすればあの大量の衣類を洗濯できる。次々に洗濯して干せる。
明日神谷さんはお休みだから、朝からどんどん洗濯してもらわなければ。
だから、行かなきゃならないんだけれど……。
ハンドルに腕を置いて顔を埋め、昨日より深く息を吐いた。
神谷さんは彼女と別れてから、どんな気持ちで過ごしていたのだろう。
あの部屋で。彼女と過ごした部屋で。
ずっと前からわたしのことが好きだったと言ったけれど、具体的にはいつから。
彼女と別れて傷付いていた時か。完全に吹っ切れてからか。
そもそも完全に吹っ切れているのだろうか。
彼女との別れがあの部屋をゴミ屋敷化させたのだとしたら、吹っ切れたとは言い難い。
部屋の掃除を、と言い出したのはわたしだ。しかも一週間という期限をつけて。
でも伸ばしたほうがいいかもしれない。せめて一ヶ月。いや、二ヶ月。彼女との思い出を片付けるのには時間がかかるし、必要なはずだ。
そんなことを考えていたら、窓がこんこんと鳴って、ぎょっとした。
神谷さんが車内を覗き込んでいたからだ。
どうやら仕事から帰って来て、コンビニに寄ったらしい。
停める場所を間違えた。まあそりゃあそうだろう。ここは神谷さん宅から一番近いコンビニ。御用達じゃないはずがない。
神谷さんはジェスチャーで乗っていいか尋ね、わたしは助手席に置いていたバッグを後部座席に移動させた。
「すごい荷物」
物干し竿を避けながら助手席に座って、神谷さんが笑う。
「ああ、はい。掃除と洗濯に必要なもの一式です」
「言ってくれれば一緒に買いに行ったのに」
「いえ、これくらい一人で大丈夫です。車もありますし」
「そういうことじゃなくて」
「え?」
「俺の部屋を片付けるための道具だから、俺が行くべき買い物だったなって」
「そう、ですよね。ごもっともです……」
それは当然の話だ。力のない返事をして、ハンドルに沈む。
どれもこれもわたしの自己満足で、自分勝手。
告白された。イエスかノーかを選ぶ権利はわたしにある。だからわたしが優位に立って、この大掃除計画を進めた。勝手に。勝手に始めた。
神谷さんが望んでいることかどうか、確かめもせずに。
「今朝起きてから、新聞を紐で縛った。明日の朝ゴミ出しするために。あと雑誌も」
「……明日は缶とビンも出せますよ」
「うん、それもまとめてある。玄関に」
「木曜は燃えるゴミの日です」
「すでに四袋、リビングにあるよ」
「はい」
「あとは大量の服やタオルを洗濯して、床や棚を拭いて、本や小物類を片付けるだけ」
「ですね」
「コインランドリーに行こうかとも思ったけど、せっかくだから家で洗いたい。洗濯機もあるし」
「わたしもそう思います」
「必要なものは多分、全部この車の中にある」
ハンドルから離れて、神谷さんの横顔に目を向けた。
神谷さんは肩に物干し竿を乗せたまま、前を見つめていた。じっと、前を。
それを見てわたしは頷いて、エンジンをかけた。