再生する
車と部屋とを何往復もして荷物を運び、その中から掃除に必要なものを取り出した。
天井や壁や棚の埃を払い、落ちた埃を箒で集め、取り切れなかった埃を掃除機で吸い取り、上から順に拭いていく。ふたりがかりでリビングの掃除をしたあと、神谷さんはバルコニー、わたしはキッチンの掃除を引き受けた。
がら空きの食器棚や家電ラック、対面カウンターや冷蔵庫の中まで。丁寧に拭いたあと、シンクにある食器を洗う。使ったあとしばらく放置していたせいで、食べかすは変色して固まり、もはや食べかすともカビとも呼べないものになっていた。
ゴム手袋を買ってくれば良かったと心底後悔した。
唯一の救いは、数えるほどしか食器がないことか。
シンクやコンロ周りも綺麗に磨き、床も隅々まで拭いて息を吐いた。
このくらい綺麗になれば、すぐにでも料理が始められる。
鍋やフライパンや炊飯器やある程度の調味料と、食材があればすぐにでも。
今現在このキッチンにあるのは、お湯を沸かしてくれない古めかしいポットと、冷蔵庫の中で干からびかけたマヨネーズだけ。すぐに料理を始めるのは無理だ。
立派な食器棚や家電ラックはあるのに、どうしてこんなに物が足りていないのだ。
もしかして彼女とのことが関係しているのだろうか。
床に正座したまま食器棚を見上げていると、神谷さんが対面カウンターの向こうからこちらを覗き込み、お疲れ様、と笑顔で言った。
作業中は集中していたから気付かなかったけれど、それが切れるとどっと疲れがやってきた。
「バルコニーの掃除は終わったよ。それから廊下と玄関も」
「そうですか」
「あとは寝室の掃除と小物類の整理と大量の洗濯物だけ」
「掃除以上に大変そうですね。あの量の洗濯は」
「明日の朝から始めるよ。何日もかけて天日干し」
「冬とはいえ、やっぱり外で干したいですよね」
「それはそうと青山さん」
「はい?」
「もう十二時過ぎてるけど、泊まってく?」
「え……」
しまった、集中し過ぎた。
慌てて腕時計を見ると、真夜中はとうに過ぎてしまっていた。すぐに帰らなくては。明日は仕事だ。
結局買い物と神谷さん宅の掃除で休日が終わってしまった。
「帰ります、さっさとお風呂に入って寝ないと」
雑巾とバケツを持って立ち上がると、神谷さんが両手を差し出し渡すように促した。
「泊まって行かないなら部屋まで送りたいけど、青山さん車で来てるからね。その代わり雑巾は俺が片付けるから」
「じゃあ、お願いします」
素直にそれを渡すと、なぜだか神谷さんは雑巾とバケツではなく、わたしの手を取ってにっこり笑った。
わたしも、多分神谷さんも手を洗っていない。じゃり、という砂のような感触が手の平にあった。
「ありがとう。何から何まで」
優しい声。心の底からほっとしているような、そんな声だった。
そんな声を聞いたら、掃除を始めて良かったのかもしれない、という気分になった。
でも昨日見つけたあの三点セットが気になって、息を吐いてから神谷さんを見上げる。
「あの、神谷さん……」
「うん?」
一瞬、聞いてしまおうかと思ったけれど……。
「明日、洗濯頑張ってくださいね……」
今のわたしに、そんなこと聞けるわけがなかった。
神谷さんも、わたしの妙な間を気にすることもなく「分かってる」と笑顔を見せた。