再生する
そこまで話したところでふと顔を上げると、スタッフの吉木さんがにまにましながらこちらを見ていた。
慌てて神谷さんに「じゃあ掃除頑張ってくださいね」と言って電話を切ろうとすると「待って待って」と止められる。
「今日、うち来る?」
少しトーンを落として、神谷さんが言った。
わたしは吉木さんをちらりと見ながら「いえ」と返事する。
「そんなに毎日お邪魔するのもあれなので、今日は真っ直ぐ帰ります」
「来てもらっても俺は構わないのに。多分もう床に謎の物体落ちてないよ?」
「はい、でも今日は行きません」
「そっか」
「はい」
「あ、そうそう。謎の物体で思い出した」
「なんです?」
「今日洗濯しようとしたら、服の山に青山さんのストッキングがあったんだけど、明日店に持って行こうか?」
「えっ、それはまずいです。明日取りに行きますから、すみませんがそのまま置いていてもらえますか?」
「ん、分かった。じゃあまた明日」
「はい、明日。おやすみなさい」
「おやすみ」
電話を切った瞬間、よし今だ! という表情で吉木さんがわたしの背中をたたき「彼氏?」と聞いてきた。
わたしは首を横に振って「知人です」と答える。
「毎日部屋に行って、部屋の片付け手伝って、下着の心配して、一緒に買い物に行く約束をする、知人ねぇ?」
確かに。最初から電話の内容を聞かれていたのなら、ただの知人とは考えにくい。しかも電話口から微かに男性の声が聞こえていたのだとしたら、恋人だと思われても仕方ない。
でも、電話の相手はこの店の店長神谷さんですよ、とは間違っても言えない。
「その知人、片付けできない人なの?」
「はあ、まあ……」
「なのに服に超お金かけてるんだ?」
「服にお金をかけるというか……」
「散財癖のある男はやめときなよ。結婚したらやっていけないよー?」
「あ、はは、そうですね……」
これはもう、神谷さんです、とは絶対に言えない。
散財癖のある片付けができない店長だと思われたら、他店のスタッフやお客さんにも人気がある彼の信用に関わる。
曖昧に返事をしてから、携帯をバッグにしまった。