再生する
慌ただしいヒールの音が響き、次の瞬間、勢いよくドアが開いた。入って来たのは先ほど帰ったはずの今井さん。
今井さんはわたしたちの姿を見て「あれ、店長だけじゃなく青山さんもいたんですね」と首を傾げる。
「今井さんこそ、どうしたの?」
「携帯忘れちゃって」
急いでいたとはいえドジですよねぇ、と今井さんは笑いながら、ロッカーの中やテーブルの下を探す。携帯はそのテーブルの下にあって、彼女はほっとしたように拾いあげる。
そして何かを察したようにやつきながら振り向いて、こんなことを言い出した。
「もしかして私、店長と青山さんの邪魔しちゃいましたぁ?」
「じゃ、邪魔なんてそんな!」
慌てて手と首を横に振って否定し、神谷さんと今井さんを交互に見た。
今井さんは「ほんとですかー?」とにやにや顔をしたけれど、何度か否定すると素直に信じてくれたようで、携帯をバッグにしまいながらがっかりしたように息を吐いた。
「まあ青山さんは恋人がいるみたいだって吉木さんに聞きましたし、店長といちゃついてるわけないですよね」
良かった。信じてもらえた。でも吉木さんの口が思った以上に軽いということが分かった。
すっかり話の腰を折られてしまい、一度決意した気持ちが、しょぼしょぼと萎んでいくのを感じた。
今井さんとの明るいやり取りをしたあとでは、神谷さんとあの美女の間に何があったんですか? なんて、気軽に切り出せる雰囲気ではなくなっていた。
今日はもう諦めて、次の機会を待つべきだ。
「……帰りましょうか」
静かに声をかける。
「……そうだね」
神谷さんも、静かに答えた。その表情がやけに沈んでいたのが気になったけれど、それすら聞ける雰囲気ではなかった。
わたしたちはそれぞれ荷物を持って、特に会話もしないまま店を後にした。