再生する
「俺は洗いざらい話したから、次は青山さんの番だよ」
子どもっぽい笑顔のまま、神谷さんが言う。
そうだった。神谷さんもわたしに話があると言っていた。でも話の内容は全く想像できないままだ。
「なんでしょうか」
「うん。聞きたいことは三つある」
「三つもですか?」
右手の指を三本立てた神谷さんを見て、思わず前のめりになった。
まずひとつ。人差し指を立てる。
「今更なんだけど、青山さんってもしかして恋人いる?」
「へ、ええっ?」
二つ目。人差し指と中指を立てる。
「もしかしてそれは、昨日来店した彼かな?」
三つ目。薬指も追加して、三本。
「彼と店の外に出て、何を話していたの? この質問は、答えられないならそれで良いんだけど……」
予想外の質問に困惑しつつ、座り直して姿勢を正す。
「恋人は、いません。昨日来店したのは二年前まで付き合っていた人で、彼の浮気で別れました。何を話していたのかは……彼女が妊娠してこれからのことで悩んだらしくて、そういう話をしていました。それだけですよ」
「え、じゃあ……あの後一緒に出かけたわけじゃ……」
「出かけたのは、結婚指輪を買いに来たふたりとです。友だちの先輩で、久しぶりにみんなで食事しようって誘われて」
「ああ、なんだ……」
神谷さんも脱力し、椅子に沈む。
何を聞かれるのかちょっと不安だったというのに、まさかこんなことだとは……。どうしてこんなことが気になったんだろう……。
「あの彼が言った女の子が、青山さんのことを言っているように聞こえて。吉木さんと今井さんも、青山さんには恋人がいるって言ってたし、もしかしたらそうなのかなって。そういえば恋人の有無は聞いてなかったし……」
「確かに言ってませんでしたが、それなら神谷さんに告白された時点でお断りしますよね」
「それもそうだけどさあ……」
「なんです?」
「良かった。色々気になって、ゆうべあんまり眠れなかったから」
ああ、だから目の下にくまができているのね。
真相にくつくつ笑うと、脱力したままの神谷さんは、ふうっと深く息を吐いてネクタイを緩めた。
お互い話を終え、もう気を張る必要はないらしい。
まだチェックアウトまでは時間がある。本当に泡風呂やジャグジーにつかり、ゲームをする余裕もありそうだ。
コーヒーを飲みながら改めて部屋を見回してみる。見れば見るほどお洒落な部屋で、ここが「そういうこと」をする場所だと忘れてしまいそうだった。
ゆっくり話をするためとはいえ、まさか勤務先の店長とこういう場所に来ることになろうとは。
滅多に来ることはないから、残り時間で堪能しようか。
そんなことを考えながら、わたしたちのすぐ横にある、ドアと同様にピンク色の縁取りをされた大きな姿見を見たら、その中で神谷さんと目が合って、どきっとした。
神谷さんは穏やかな表情で、じっとわたしを見ながら「青山さん」とわたしの名を呼ぶ。
「明日、成果を見せるから」
「は、はい……」
「仕事のあと、一緒に部屋に来てほしい」
成果。片付けの成果だ。明日わたしは、三年前の景色を見ることになる。
そして、これからのことを話さなければならない。
神谷さんと、今まで通りの関係で過ごすのか、それとも先に進むのか……。
わたしは、そのときまでに、どうしたいか答えがでるのだろうか。
鏡越しにじっと目を見つめたまま、小さく頷いた。