再生する
二年と少し前まで、わたしは会社勤めをしていた。
連日の残業や上司たちからのセクハラ、パワハラ、モラハラ。
当時付き合っていた同期の孝介くんとも上手くいっておらず、すぐ下の後輩は極度のホームシックで泣き暮らし。新入社員の子は我が強くて毎日先輩と口論。上にも下にも問題を抱えての生活に、身も心もぼろぼろ。
誕生日だというのにそれらしいことをする元気も、恋人と会う予定もない。最低の気分だった。
そんなとき、引き寄せられるように入ったのがこのジュエリーショップで、接客してくれたのが神谷さんだった。
ジュエリーの美しさと神谷さんの笑顔で、今までの疲れなんて一瞬で忘れ去ってしまった。
二十代も半ば。恋人という肩書きの相手はいるけれど、女らしいことなんて何もない日々。入社以来ほとんど使う暇がなくて、貯まる一方の給料。
ジュエリーなんて今まで身につけたことがなかったけれど、それを身につければこの最低な気分が晴れるかもしれない、と。気分転換と自分への誕生日プレゼントに、衝動買いをした。
ブルートパーズとホワイトトパーズが輝く、ティアドロップがモチーフのネックレスと、同じ石とモチーフのブレスレット。
その青いトパーズを見ていると、なぜだかとても落ち着いた。
早速それを身につけて店の外に出ると、真っ直ぐ歩いて行けるような気分になった。
店の外まで見送りに来てくれた神谷さんの笑顔を見て「お似合いですよ」という穏やかな声を聞いたら、何でもできるような気がした。
ぐちゃぐちゃだったわたしの人生が、再生された。このジュエリーと、神谷さんのお陰だと思った。
そのあとすぐに会社を辞める決意をし、三月末で無事退職。人生を変えてくれたジュエリーショップを経営する会社に再就職した。
だからわたしは神谷さんに恩がある。
あのゴミ屋敷をどうにかすることは、神谷さんのためにもわたしのためにもなるだろうし、できる限りのことはしてあげたい。そう思って、部屋の片付けを提案した。
最初は恩返しのつもりだった。
神谷さんの過去に何があったのか知りもせず、聞きもせず、想像もせず、ただ提案した。
そうしているうちに指輪と婚姻届を見つけ、余計なことをしたのではないかと不安になった。
だから神谷さんに「楽しかった」と。「救われた」と。「有り難かった」と言ってもらえて、また告白してもらえて、嬉しかった。
ゆっくり、じっくり、時間をかけてそれを話す間、神谷さんはただ黙って聞いてくれていた。
途中どんなに言葉を詰まらせても、急かさないでいてくれたことが、どんなに有り難かったか。
ここまで話して一旦言葉を止めると、神谷さんは「再生か……」と呟いた。
「……そうか、再生されたんだ。俺も。ぐちゃぐちゃだった気持ちが、青山さんの優しさで。こんなにぴったりの言葉が、あったんだね」
そんな風に言ってもらえることが、嬉しくてたまらない。
出会って良かったと、心から思える。
「最初に告白してもらったとき、顔は好みだし真面目だしたくましいし、酔いに任せて抱かれても良いと思えるくらいには好きだし、っていう不誠実なことを思ったりもしたんですが。この一週間色々あって、考えて。片付いた部屋を訪れたら、神谷さんとどうなりたいのか、分かる気がしたんです」
「……うん」
「さっき、分かりました」
言葉を選ぶために目を伏せ、しばし間を置く。
しいんとした部屋に、二人分の呼吸の音だけが響いていた。