再生する
「神谷さん、ネクタイ外しますから仰向けになってください。お水は飲めますか?」
まあ、キッチンまで辿り着くには時間がかかるけれど……。
「んんん、むりぃ……」
「駄々こねないでください。スーツのままじゃ苦しいですし、皺になっちゃいますよ」
「じゃあぬがせてぇ、みずもちょうだい」
「はいはい」
まさかあの神谷さんがプライベートではこんなだなんて。他のスタッフが見たらどう思うだろうか。
肩と腰に腕を回して、どうにかこうにか身体を反転させネクタイを外す。
シャツのボタンもいくつか外してあげてからキッチンへ向かう。
ただし道はないし、ゴミの山を踏んで歩いてまた謎の物体を踏んだら嫌だから、摺り足をして脛でゴミを掻き分けながら進んだ。
途中パリンという音が聞こえたから、きっと神谷さん宅の食器を割ってしまったのだろう。
しかし問題がひとつ。コップがない。
そういえば廊下にマグカップがあったけれど、それを洗って使うにはまずシンクを片付けなければ、本やCDが濡れてしまう。
うんうん悩んだのち、とりあえず冷蔵庫を開けてみたら、ちょうどよくミネラルウォーターが入っていた。というか、それしか入っていなかった。
食材もろくな調味料もなし。まあ、この大量のゴミを見る限り、毎日買い食いしていたんだろうけど。
ゴミを掻き分けリビングに戻って、道中で見つけたクッションを神谷さんの頭の下に差し入れると、彼はわたしを見上げてにっこり笑った。
「青山さんは、やっぱりよく気がつく優しい人だったね」
「はあ、どうも……」
「水飲みたい。起こしてくれる?」
「はいはい」
成人男性を抱き起こすのは結構な重労働だってのに、神谷さんは容赦なくわたしの首に腕を回して体重をかけてくる。
結局は力負けして、覆いかぶさるように倒れ込むと、カエルが潰れたような情けない声を出した。
息を切らしながら神谷さんの胸の上でしばし休憩を取ると、わたしは一体何をしているんだろうという気分になった。勤め先の店長の自宅で、店長の胸の上にいるなんて。
「神谷さん、起き上がりたいなら体重かけないでください」
「ちから入らなくてぇ」
「語尾伸ばすのもやめてください。店長の威厳がなくなります」
「別に威厳なんてなくていいよ」
確かに嘔吐している音をBGMにこの部屋の惨状を見せた状況じゃ、威厳なんてもはやない。