再生する
2:見つける月曜日
へぶし、というくしゃみが聞こえて目が覚めた。
覚醒しきっていない頭でぼんやりと今の状況を考えてみる。
寒い室内、冷たい床。被っているのは布団でも毛布でもなく、コートと新聞紙。枕は折りたたんだしわしわの使用済みシャツ。視界に入るのは大量のゴミ。
ああ、そうだった。神谷さんの部屋に泊まったんだった。
顔を上げてみるのとほぼ同時、ソファーの上にいた神谷さんが突然身体を起こし、くしゃみをもう一回。
そしてぼんやりした顔でこちらを見下ろし「なんで青山さんがうちにいるんだっけ」と。
ひどい。介抱すると約束したし、酔っ払いを放っておけずにゴミ屋敷の床で一夜を過ごしたというのに。
ストッキングは汚れて素足だし、シャツもジャケットもコートも汚れてクリーニングに出さなければならないというのに。
ぎしぎし軋む身体をどうにか起こして、乱れた髪を手櫛で整えながら、ゆうべのことを簡単に説明する。
まだぼんやりしている神谷さんが説明を理解してくれたのかは分からない。寝起きは相当悪いようだ。
とにかく家主の目が覚めたなら長居は無用。時刻は朝の五時。もう少しで電車が動き出すけれど、一駅分くらいならタクシーをつかまえてもいい。
出勤までの数時間、柔らかいベッドで横になりたいし、シャワーも浴びたい。とにかくゴミと埃のない場所に行きたかった。
立ち上がってコートを羽織り、脱いだストッキングをバッグに押し込むと、ようやく覚醒したらしい神谷さんが「帰るの?」とわたしを見上げた。
「帰ります。少しでもベッドで寝たいですし」
「俺のベッドで良ければ貸すよ」
「え、いや、それはさすがに」
「シャワーもトイレも好きに使っていいし、冷蔵庫の中のものも自由に飲み食いしていいよ」
ていうか寝室まで行く道がないし、冷蔵庫は空だ。それに廊下とリビングの惨状を見る限り、寝室も風呂場もトイレも同じような状態だろう。そんな場所ではリラックスできる気がしない。
「着替えもないですし……」
「俺のシャツ貸すよ。その辺にあるやつ好きに使って」
その辺にあるやつというのはもしかして、洗濯済みか分からない、そこら中に散乱している服のことだろうか。
「やっぱり帰ります。お疲れさまでした……」
考えるまでもなく無理だった。
時間までこのゴミ屋敷で過ごしたとしても、昨日と同じ服で出勤するわけにはいかない。
ジュエリーショップの店員が、埃まみれの汚れた格好で仕事をしていいはずがないから、帰る以外の選択肢はないのだ。
バッグを肩にかけると、神谷さんは勢い良く立ち上がり、わたしの前に立って行く手を阻む。どんだけ帰したくないんだ、この人は。