再生する




 仕事帰りふたりそろってあのゴミ屋敷に帰宅すると、バッグを置く暇もなく背後から抱き締められた。

「今日、前に俺が選んだジュエリーつけてるんだね」

 首筋に息があたってくすぐったい。

「トパーズは十一月の誕生石だけど、青山さんにはこのブルートパーズがよく似合ってる」

 二年ほど前神谷さんに選んでもらった、ブルートパーズとホワイトトパーズのネックレス。ティアドロップがモチーフで、上品な印象を受ける。
 肩に頬擦りしながら穏やかな声でそんなことを言うから、思わずどきっとして、その拍子にネックレスがしゃらと揺れた。

 でもどきっとしている場合ではない。早まってはだめだ。この人とはまだ付き合っていない。

 目の前の惨状を見ろ。絶望的な汚さのゴミ屋敷だ。

 この人は仕事のできる完璧な店長ではない。マンションの一室をゴミ屋敷にした張本人だ。

 まずはこの部屋を片付けないことには何も始まらない。


 身体を捩って腕から逃れ、バッグとコートを玄関に置く。

「さあ、始めますよ」

 神谷さんは残念そうに「あああ」と声を漏らし、渋々という様子でジャケットを脱いだ。





 今朝出がけに「今日は可燃ゴミの日なのでちゃんと出してくださいね」と玄関先に置いたゴミ袋四つがなくなっている。ちゃんと出したみたいだ。

 とはいえ、このゴミ屋敷のほんの一部がなくなっただけ。まだまだ先は長い。

 とりあえずゆうべ作った一本道に沿って、いらない物をゴミ袋に詰めていくことにした。

 この部屋はとにかくゴミと衣類が多い。目につく物のほとんどがゴミか衣類だ。

 ゴミは飲食物の容器やそれが入っていたと思われる袋ばかりで、衣類はワイシャツや靴下や男性用の下着ばかり。まるで毎日新しい衣類を買って着ているみたいだ。

 まあ、そういうことなのだろう。洗濯もせずに毎日新しいシャツや下着を買って着ているのだ。なんというお金の使い方をしているのだ。


 一杯になったゴミ袋は玄関先に運び、ある程度まとまった衣類は洗面所に運ぶことにした。

 衣類を抱えてキッチンの奥にある洗面所に入ると、その光景に驚いた。

 てっきり洗面所もお風呂もゴミで溢れかえっていると思っていたのに、そこはリビングとは別世界。すっきり片付いていた。

 試しに鏡裏の収納を覗いてみると、シェーバーやヘアワックスや綿棒があるだけだったけれど、それでもリビングの惨状に比べたらずっといい。むしろいいどころの騒ぎじゃない。
 洗面台の下の収納に至っては空だった。少し古いタイプの洗濯機も、ほとんど使った様子がない。まあ洗濯用洗剤もないようだし、あの衣類の多さを見る限り洗濯機は必要ないか……。

 奥のお風呂場も覗いてみたけれど、シャンプーや石鹸があるだけで綺麗なものだった。


 それにしてもこの差はなんだろう。
 生活スペースが汚れるのは分かるけれど、洗面所やお風呂場はあの惨状が嘘のように片付いている。
 身体を綺麗にする場所は汚さない主義なのかしら……?




< 9 / 43 >

この作品をシェア

pagetop