今日は恋に落ちたい
恋に落ちたくない夜
びりり。なんだかオシャレな柄の紙が無惨に破けるけど気にしない。
何の躊躇もなくおざなりに取り去った包装紙の下から現れたのは、有名らしいショコラトリーの名前が箔押しされた正方形の箱だ。最後の砦であるセロテープをはがし、その箱の蓋を開ける。
中に鎮座していたのは、それぞれ形の違う9種類のチョコレート。その中から1番左上にあった楕円形のものをつまみ上げ、ぱくりと口の中に放り込んだ。
「あま……」
パリッと固いミルクチョコの内側には、キャラメル風味のガナッシュが詰まっていた。ゆっくりと舌の上で溶けるそれを味わいながら、思わずひとりごちる。
元々、自分のために買ったわけじゃない。甘党な相手の趣味に合わせて選んだそのチョコレートは、私には少し甘すぎた。
カウンターを挟んだ向こう側でグラスを磨いているマスターには、外から持ち込んだお菓子をここで食べてもいいかと先ほどきちんと確認済みである。……察しのいいマスターのことだ、わざわざ丁寧にラッピングされたチョコレートをこんな日にひとり寂しくバーで広げている私の事情には、なんとなく気付いているのかもしれない。
それでも、余計な詮索はして来ないその心遣いが今はうれしい。だから私は堂々と、ふたつめのチョコレートに手を伸ばした。
……にしてもこれ、どうしようかな。勢いで開けたはいいけど甘いものがあまり得意じゃない自分には、今ここでこのチョコレートを全部食べてしまうのは厳しいかもしれない。
だからって、家に持ち帰りたくもないし。いっそ、いつもお世話になってるマスターにあげちゃう?
でもこれすでに食べかけだし、そもそも他の男に渡そうとしてたものをあげるっていうのも失礼な気が……。
ああもう、9粒も入ってるのなんて買わなきゃ良かった。投げやりに今さらなことを考えながら、このチョコレートをお店で買ったときはこんなバレンタインデーになるなんて夢にも思っていなかった自分の姿を思い出し、ついふっと自嘲的な笑みを浮かべると。
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