今日は恋に落ちたい
ありがとうございます、と小さくお礼を言って、すぐにカップを手に取ろうとした。
だけど、いつもなら「ごゆっくりどうぞ」とすぐに立ち去るはずの店員がまだ動かない。傍らに立ったままの黒いスラックスを不思議に思い、そこで私は初めて店員を見上げようとした。
「それから、これを」
私が顔を上げるより早く、その店員が動いた。
節ばった、けれど綺麗なその手がテーブルの上に置いたのは、ピンクゴールドのブレスレットで。見覚えのありすぎるそれに気が付いたとたん、バッと勢いよく顔を上げた。
「……え、なんで……」
ようやく店員の顔を見た私は、呆然とつぶやく。
だって。あの夜と違って前髪を上げているし、黒縁メガネをかけているけど。
意地悪そうな笑みを浮かべて今私を見下ろしているのは、間違いなく。
「あ、アツヤ……? な、なんで、」
「へぇ、俺の名前覚えててくれたんだ。光栄だな」
ちらほらいる他の客に聞こえない大きさの声で、それでもたしかに彼はそう言った。
白いシャツに腰から下にかかる黒いエプロン。どこからどう見てもここの店員だっていうのはわかるけど、急すぎる展開に頭がついていかない。
パクパクと口を開けたり閉じたりしている私をおかしそうに見つめながら、彼は続けた。
「ネタバレすると、俺はヒカリのこと知ってたよ。ここに通ってくれてる常連客だってわかってて、あのとき声をかけたんだ」
「え……え? あの、え、ま、前から、ここにいた?」
「いたよ。俺、ここの店長の息子。まあ、ほとんど厨房にいるからホールにはあんまり出ないけど」
だけど、いつもなら「ごゆっくりどうぞ」とすぐに立ち去るはずの店員がまだ動かない。傍らに立ったままの黒いスラックスを不思議に思い、そこで私は初めて店員を見上げようとした。
「それから、これを」
私が顔を上げるより早く、その店員が動いた。
節ばった、けれど綺麗なその手がテーブルの上に置いたのは、ピンクゴールドのブレスレットで。見覚えのありすぎるそれに気が付いたとたん、バッと勢いよく顔を上げた。
「……え、なんで……」
ようやく店員の顔を見た私は、呆然とつぶやく。
だって。あの夜と違って前髪を上げているし、黒縁メガネをかけているけど。
意地悪そうな笑みを浮かべて今私を見下ろしているのは、間違いなく。
「あ、アツヤ……? な、なんで、」
「へぇ、俺の名前覚えててくれたんだ。光栄だな」
ちらほらいる他の客に聞こえない大きさの声で、それでもたしかに彼はそう言った。
白いシャツに腰から下にかかる黒いエプロン。どこからどう見てもここの店員だっていうのはわかるけど、急すぎる展開に頭がついていかない。
パクパクと口を開けたり閉じたりしている私をおかしそうに見つめながら、彼は続けた。
「ネタバレすると、俺はヒカリのこと知ってたよ。ここに通ってくれてる常連客だってわかってて、あのとき声をかけたんだ」
「え……え? あの、え、ま、前から、ここにいた?」
「いたよ。俺、ここの店長の息子。まあ、ほとんど厨房にいるからホールにはあんまり出ないけど」