今日は恋に落ちたい
早いペースでチョコレートを口に運ぶその手は、男らしくゴツゴツと節ばってはいるものの指が長くて綺麗だ。

そして綺麗なのは、手だけじゃない。その所作も、纏う雰囲気も、顔立ちも。どこか野性味も感じさせるのに、洗練された上品さを持ち合わせている。


……掛け値なしに、イイ男だ。

無遠慮に自分へと向けられている視線にはさすがに気付いたらしく、男が私を見て苦く笑った。



「ごめん。食べすぎた?」

「いえ。どうぞ、全部食べてくださって結構です」

「そのわりに、攻撃的な視線を感じるんだけど」



つぶやいた男はますます苦笑を深める。

攻撃的? そんなギラついた目をしていたんだろうか。

飲みすぎて目が据わっているのかもしれない。これで最後にしておこうと、マスターにミモザをひとつ頼んだ。



「まあ、コワイ顔してたのはここ来てからずっとみたいだけど。何か嫌なことでもあったとか?」

「………」

「そんな噛みつきそうな目で見ないでよ。別に言いたくなきゃ無理に聞かないし」



やっぱりこの人、結構失礼だしやけに馴れ馴れしい。それでも肩をすくめた彼はあっさり引いて、またひとつチョコレートを口に運ぶ。

優雅なその動作を横目に、私はなんとも言えない複雑な気分になっていた。

男の話が本当なら、今日の私はここに来てからロクな顔をしていないじゃないか。せっかくマスターがおいしいお酒を出してくれているのにいけないと思い、両手で頬をむにむにと押す。

そのタイミングで目の前に置かれたシャンパングラスの鮮やかなオレンジ色をひとくち、ゆっくり喉の奥に流し込んだ。

冷たくておいしい。甘めだけど、柑橘がさわやかですいすい飲めてしまう。



「パティスリー……トンベー・アムルー?」



隣りの男が不意につぶやいたから、そちらに顔を向けた。

彼が手にしているのは、チョコレートが入っている箱の蓋だ。その表面に箔押しされた文字を、まじまじと見つめている。
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