今日は恋に落ちたい
【Patisserie Tomber Amoureux】。……この店名、たしかフランス語だったと思うけど読めるんだ。
グラスを傾けながら口には出さず感心していると、そこで男がくすりと笑みをもらす。
「恋に落ちる、だって。ずいぶん乙女チックな名前だな」
お店の名前の意味は、一応知っていた。特集されていた雑誌に載っていたから。
だけどなんとなく、こうはっきり口にされると気恥ずかしい。あとこの男の言い方が若干ムカつく。自分で選んで買ったとはいえ、私自身は別に乙女チックでもなんでもないのに。
黙ってグラスに口をつけている私に、何を思ったのだろうか。浮かべた笑みを意地悪そうなものに変えた男が、そのまま私の顔を覗き込んできた。
「きみ今、恋に落ちたい気分なの?」
「………」
無言のまま、じろ、と厳しい視線を向ける。
眉間にシワを寄せる私の眼差しをまともに受け止めながら、彼の悪戯っぽい表情は崩れない。私はもうなんだかいろいろなことが面倒になって、ふうっとひとつ嘆息した。
「全然。今は恋になんて、落ちたいと思わない」
「ふーん」
「……恋とか、そういうのはいらないけど……一晩だけでいいから、ただひたすら、私が余計なことを考えられないようにあっためて欲しい気分かな」
言いながら隣りの男を横目でうかがうと、思いのほかまっすぐに自分のことを見つめていた瞳と熱く視線が絡んだ。
心臓がドキドキしている。これは、アルコールのせいなんだろうか。
彼の切れ長の瞳が、やけに熱っぽく見えるのも。私が、酔っているからなのだろうか。
私と目を合わせたまま、男がゆっくりとこちらに身体を傾けてくる。吐息がかかるくらい近く、私の耳元でささやいた。
「その相手には、俺が立候補してもいいの?」
少し掠れた低い声。私の耳から脳を直接揺らすその甘い言葉に、ぞくりと肌が粟立った。
視線を逸らすことなく小さくうなずいた私を見て、男が満足げに口角を上げる。それから自然に私の手を取った彼に導かれるまま、まるで最初からそうすることが決まっていたかのように私たちは揃ってバーを出た。
グラスを傾けながら口には出さず感心していると、そこで男がくすりと笑みをもらす。
「恋に落ちる、だって。ずいぶん乙女チックな名前だな」
お店の名前の意味は、一応知っていた。特集されていた雑誌に載っていたから。
だけどなんとなく、こうはっきり口にされると気恥ずかしい。あとこの男の言い方が若干ムカつく。自分で選んで買ったとはいえ、私自身は別に乙女チックでもなんでもないのに。
黙ってグラスに口をつけている私に、何を思ったのだろうか。浮かべた笑みを意地悪そうなものに変えた男が、そのまま私の顔を覗き込んできた。
「きみ今、恋に落ちたい気分なの?」
「………」
無言のまま、じろ、と厳しい視線を向ける。
眉間にシワを寄せる私の眼差しをまともに受け止めながら、彼の悪戯っぽい表情は崩れない。私はもうなんだかいろいろなことが面倒になって、ふうっとひとつ嘆息した。
「全然。今は恋になんて、落ちたいと思わない」
「ふーん」
「……恋とか、そういうのはいらないけど……一晩だけでいいから、ただひたすら、私が余計なことを考えられないようにあっためて欲しい気分かな」
言いながら隣りの男を横目でうかがうと、思いのほかまっすぐに自分のことを見つめていた瞳と熱く視線が絡んだ。
心臓がドキドキしている。これは、アルコールのせいなんだろうか。
彼の切れ長の瞳が、やけに熱っぽく見えるのも。私が、酔っているからなのだろうか。
私と目を合わせたまま、男がゆっくりとこちらに身体を傾けてくる。吐息がかかるくらい近く、私の耳元でささやいた。
「その相手には、俺が立候補してもいいの?」
少し掠れた低い声。私の耳から脳を直接揺らすその甘い言葉に、ぞくりと肌が粟立った。
視線を逸らすことなく小さくうなずいた私を見て、男が満足げに口角を上げる。それから自然に私の手を取った彼に導かれるまま、まるで最初からそうすることが決まっていたかのように私たちは揃ってバーを出た。