先生。あなたはバカですか?
彼は、ふっと私の高さまで身を屈めると、
「昼休み、数学科準備室に来い」
そう耳元でそっと囁いた。
「…っな…!!」
何で行かなきゃいけないのよ!?
彼は、そう言いかけた私の唇に指の背を当ててそれを制止する。
それから彼は、お得意の俺様口調でこう言った。
「“何で”とかナシ。とにかく来い。来なかったらこの参考書はもう二度と戻って来ないからな。大事そうに使ってるのにな?残念だ」
私の意見など聞かず、強引に、俺様に、上から目線も甚だしく、
硬直する私にニヤリとそれだけ言い残して、校舎の中へと消えていった。
な…なんて人…!
こんなの脅迫じゃないっ!
教師として…いや!人として!
あるまじき行為だわっ!
「こんの…不良教師…っ」
聞こえてしまえばいいと思うのに、その声は下駄箱の外で合唱する蝉の鳴き声に、簡単にかき消されてしまった–––。