先生。あなたはバカですか?
先生のマンションの前に着いたのは、それから10分くらい後のこと。
荒い呼吸のまま、震える手でインターホンを押す–––が、やはり先生が出る気配はない。
「……そうだよね……」
間に合わなかったんだもの。
いるはずがない。分かってる。
それでも諦めきれなくて。だけど、諦めなくてはいけないのも分かっていて…。
大きな溜息をつき、とぼとぼと来た道を引き返した。
これで本当に終わりなの?
もう本当に先生に会えないの?
さっきよりも強さの増した雨に打たれながら、肩を落とし歩いていると––––。
「……翠?」
私を呼ぶ大好きな声。
大好きな人の……声。
「先…生……」
ゆっくりと向けた視線の先には、驚きを含んだ瞳を見開き、静止したまま私を見つめている先生が立っていた。
先生の持つ傘からは激しく水滴が滴り落ちている。
やっと…やっと会えた……。
「お前…っ、傘もささずに何やってんだ!」
先生は、私を抱くように引き寄せると傘の中へと引き込む。
先生だ。
先生に会えた。
私…間に合ったんだ。
先生の腕の中で感じる先生の香りと体温が、私にそう実感させる。