先生。あなたはバカですか?
「それじゃあ…私の想いは先生に何も伝えられないじゃないですかっ…」


「す………っ!?」


胸ぐらを掴まれ、引き寄せられたかと思えば重なる唇と唇。


翠の冷たくなった唇が触れたかと思えば、直ぐに離れていった。



「……先生と出逢えて…一緒にいられて…
幸せでした。私は、ずっとあなたを忘れない」


彼女の澄んだ瞳が真っ直ぐ俺を見据えて。



「先生。ありがとう。


そして……さようなら」



そう言って、笑ったんだ。




離れていく体温。



水を蹴る足音。



彼女の走り去る背中。



残されたのは地面の上に転がる傘と。


俺と雨音。



「……忘れない…か。

はっ…思ったより……ずっとキツイな……」



立っていられないほどの後悔と寂しさが、翠との思い出と一緒に押し寄せてきて、どこかの塀へともたれかかると、俺はその場にずるずるとしゃがみ込んだ。



「……ごめんな。俺も…忘れたくないよ」



こんなにも体は冷えきってるというのに、涙は驚くほど温かかった。








神様。


どうか。


どうか彼女の未来が、笑顔の絶えないものでありますように。



俺の事なんて忘れたっていい。



だから…。


どうか–––––。











< 370 / 434 >

この作品をシェア

pagetop