“Three Years”isn't so long
界人はファミレスでバイトをしながら大学に通い、バンド活動。その典型的な大学生活はひとまず置いておくとして、自分の情けなさを私はいつも痛感していた。
界人は学費を奨学金で賄い、バイト代は生活費に充てていると聞く。奨学金制度は大学の成績でそのランクが決まるので、勉強はおろそかにできない。
週末の3日間と平日の夜のどこか1日、週4日間はバイトに充て、残りはバンドの練習と大学のレポート作成に充てるんだとか。
「いやぁ、ギリギリだよ。スタジオ代か、夕飯代かって感じだね。バイト増やすとギター触れないし、曲書く時間も減っちゃうし。どれも減らせないから『寝ない』ってのが今の最善策」
そう言っておどける界人は、キラキラしてて、本当に眩しい。可能性の塊と戯れるのが趣味の、無邪気な子供だ。
特に界人は、私が思っている以上に、バンド活動に力を入れているみたいだった。
ある週末、残業がようやく終わった私は10時過ぎになってファミレスに顔を出した。
お客さんはひとりもいなくて、古めかしい有線の曲が店内に寂しく流れていた。
入り口正面のレジスターの奥を覗くと、店長が私に気付いて軽くウインクをし、それから壁越しにフロアの奥の方を指差した。
指差した方に足を進めると、界人がいた。
界人は私の指定席の横、ファミリー用の大きな席で、イヤホンをつけたまま、机に突っ伏してすやすやと眠っていた。
机には大学ノートが数冊に、コピー用紙が十数枚、五線譜が数枚と、皿の置き場もないほど散らばっていた。机の端には閉じたノートパソコンが1台、その上には何やら洋書と見られる分厚い本が7冊、丁寧に積み上げられている。
「『二徹』だって。レポートの仕上げと曲作り。さっきキリついたみたい」
店長の説明を背に受けた私は机に近づき、大学ノートをぺらぺらとめくった。
講義内容の板書だろう、小難しい用語と横文字がビッシリ。ところどころにピンクのボールペンで「caution!」だの「point!」だの、界人自身のメモが乱雑に書かれていた。
五線譜の方も同様だ。短い線と長い線だけで簡略化された音符と、「D」「Gm」「Asus4」といったギターコードたちが、紙の上を縦横無尽に跳ね回っていた。
音楽のことはよく分からないけれど、界人がこの曲を作るに当たって相当悩んだことは見て取れた。証拠に五線譜上の音楽記号はどこもかしこも二重三重、四重に訂正されていて、同じ小節上のコードが6、7回消された痕もあった。
「レポートの方はすぐ終わってたみたい。曲作りはまだまだアナログだからねぇ」
私の隣に立った店長が、マグカップを私の前に差し出した。休日の午前中を思わせる、コーヒー豆の渋く柔らかな匂いが、鼻をくすぐる。
「まぁ、俺としてはパソコンカタカタ動かして出来上がる音よりも、手書きでウンウン唸りながらひねり出していくフレーズの方が好きだけど。ハハ、オヤジくさいかねこりゃあ」
「適当に起こしてあげて」と、笑いながら店長は厨房に戻っていく。それを見送ってから私は界人の前に座り、散らばった紙類をざっと揃えて、空いたスペースにマグカップを置いた。
──若干長めの金髪に隠れた界人の寝顔を、頬杖をついて眺める。
寝顔はいくつになっても変わらないと言うけれど、幾分か身体も大きくなって、見た目も随分派手になったのに、満足そうに眠っている界人の顔は、7年前どころか小学生のころの界人と全くもっておんなじだった。
すう、はあ、と、界人の規則的な寝息が耳に届く。それに合わせて丸まった背中がゆっくりと上下して、店内にかかる有線の曲のリズムと奇妙にシンクロしていた。
その様子がなんだかおかしくて、覚えず笑みがこぼれる。
──それに比べて、私は何だ。
唐突に、そんな思いが私の体内を駆けめぐるのは、もう慣れっこになってしまっているけれど。
得体の知れない負の感情が沸き上がってきて、なんとも情けない気分になる。
界人は学費を奨学金で賄い、バイト代は生活費に充てていると聞く。奨学金制度は大学の成績でそのランクが決まるので、勉強はおろそかにできない。
週末の3日間と平日の夜のどこか1日、週4日間はバイトに充て、残りはバンドの練習と大学のレポート作成に充てるんだとか。
「いやぁ、ギリギリだよ。スタジオ代か、夕飯代かって感じだね。バイト増やすとギター触れないし、曲書く時間も減っちゃうし。どれも減らせないから『寝ない』ってのが今の最善策」
そう言っておどける界人は、キラキラしてて、本当に眩しい。可能性の塊と戯れるのが趣味の、無邪気な子供だ。
特に界人は、私が思っている以上に、バンド活動に力を入れているみたいだった。
ある週末、残業がようやく終わった私は10時過ぎになってファミレスに顔を出した。
お客さんはひとりもいなくて、古めかしい有線の曲が店内に寂しく流れていた。
入り口正面のレジスターの奥を覗くと、店長が私に気付いて軽くウインクをし、それから壁越しにフロアの奥の方を指差した。
指差した方に足を進めると、界人がいた。
界人は私の指定席の横、ファミリー用の大きな席で、イヤホンをつけたまま、机に突っ伏してすやすやと眠っていた。
机には大学ノートが数冊に、コピー用紙が十数枚、五線譜が数枚と、皿の置き場もないほど散らばっていた。机の端には閉じたノートパソコンが1台、その上には何やら洋書と見られる分厚い本が7冊、丁寧に積み上げられている。
「『二徹』だって。レポートの仕上げと曲作り。さっきキリついたみたい」
店長の説明を背に受けた私は机に近づき、大学ノートをぺらぺらとめくった。
講義内容の板書だろう、小難しい用語と横文字がビッシリ。ところどころにピンクのボールペンで「caution!」だの「point!」だの、界人自身のメモが乱雑に書かれていた。
五線譜の方も同様だ。短い線と長い線だけで簡略化された音符と、「D」「Gm」「Asus4」といったギターコードたちが、紙の上を縦横無尽に跳ね回っていた。
音楽のことはよく分からないけれど、界人がこの曲を作るに当たって相当悩んだことは見て取れた。証拠に五線譜上の音楽記号はどこもかしこも二重三重、四重に訂正されていて、同じ小節上のコードが6、7回消された痕もあった。
「レポートの方はすぐ終わってたみたい。曲作りはまだまだアナログだからねぇ」
私の隣に立った店長が、マグカップを私の前に差し出した。休日の午前中を思わせる、コーヒー豆の渋く柔らかな匂いが、鼻をくすぐる。
「まぁ、俺としてはパソコンカタカタ動かして出来上がる音よりも、手書きでウンウン唸りながらひねり出していくフレーズの方が好きだけど。ハハ、オヤジくさいかねこりゃあ」
「適当に起こしてあげて」と、笑いながら店長は厨房に戻っていく。それを見送ってから私は界人の前に座り、散らばった紙類をざっと揃えて、空いたスペースにマグカップを置いた。
──若干長めの金髪に隠れた界人の寝顔を、頬杖をついて眺める。
寝顔はいくつになっても変わらないと言うけれど、幾分か身体も大きくなって、見た目も随分派手になったのに、満足そうに眠っている界人の顔は、7年前どころか小学生のころの界人と全くもっておんなじだった。
すう、はあ、と、界人の規則的な寝息が耳に届く。それに合わせて丸まった背中がゆっくりと上下して、店内にかかる有線の曲のリズムと奇妙にシンクロしていた。
その様子がなんだかおかしくて、覚えず笑みがこぼれる。
──それに比べて、私は何だ。
唐突に、そんな思いが私の体内を駆けめぐるのは、もう慣れっこになってしまっているけれど。
得体の知れない負の感情が沸き上がってきて、なんとも情けない気分になる。