“Three Years”isn't so long
突然降り出した大雨は、30分待っても一向に収まる気配を見せなかった。





「そういえば夜遅くに天気グズつくって言ってたなァ」





窓を眺めながら能天気にぼやく界人。天井を突き破らんばかりの雨音と、遠くで響く雷鳴を聞いて、この反応。界人はやっぱり界人だな、と。私は呆れを通り越して感心した。





「これを『グズつく』で片付ける感性は、さすがに尊敬できないよ」

「え、そう?」






心が広いと言うべきか、常識にとらわれないと言うべきか。どちらにしろ、界人の感性いかんに関係なく、私が傘を持っていないという事態は、どう転んでも覆しようがなかったわけで。






「まぁいいや。界人傘持ってる?桜塚まででいいから送って」

「もちろんいいけど…駅から美和の家までどうすんの?」

「げ。そうだった」





天気予報を確認せずに家を出た私が一番悪いには違いないのだけれど、なにも傘を忘れた日に限ってこんな豪雨にならなくても。





しかも雨の降りだすタイミングには、明らかに悪意があった。アレでは私がまるっきり心にもないコトを口走ったか、あるいは私が普段そういう趣溢れる温かい言葉を全然口にしない人でなしみたいじゃないか。





まぁ、降ってしまったものは仕方ないとして、この降りしきるゲリラ豪雨の中、どうやって自分の家に帰るかがさしあたっての問題ではあった。





残念ながらお店に雨具の類(タグイ)は置いておらず、界人の持ってきていた傘が1本だけ。





桜塚駅まで界人に送って貰ったとしても、そこから電車に乗り、私の家の最寄り駅に着いて、そこからアパートまでは徒歩で10分ほどの距離がある。





この大雨では、傘ナシで歩けば10分どころか10秒あれば身体のすみずみまで綺麗さっぱりびしょ濡れになれそうだ。





「最悪、駅からタクシーか…」





そうは言ってみたものの、バッグの中を覗くと、出しやすいように縦向きに入っていたペッタンコの長財布が「ちょっと…これ以上は…」とばかりに、申し訳なさそうにパタンと倒れた。





「給料日前だからなぁ…」





財布からじんわり漂う哀愁をその身に感じながら、なんとか帰る術(スベ)を思案する私。





「俺も電車乗って家まで送ろうか?」

「あんたはどうやって帰るのよ。逆向きの電車その頃には終わってるよ?」





「イヤ、タクシーかなんかで帰るし」

「あのね。そんなことさせてまで濡れずに帰りたいワケじゃないの」





私がこんな風にちょっと強めに言い切ると、大抵界人はうっ…と押し黙り、しょんぼりと頭を垂れる。





その辺も、小学校の頃から変わっていない、界人の特徴のひとつ。





「ふふっ」





何度目か分からない今と昔の交錯に、思わず笑いが込み上げてくる。





「え、ちょ。いま笑うトコ?」





それを見て、焦り顔であたふたする界人は、まるで信頼する飼い主におやつを隠された愛らしい大型犬みたいで。





「は…はははっ!ご、ごめん…ふふっ!」





その姿が何故かツボにはまって、笑いが止まらなくなってしまう。






7年たって随分と成長した彼の凛とした顔立ちが、たちまち小学生の頃の弱っちい困り顔に早変わりして、私の時間感覚を否応なしに狂わせた。
< 30 / 60 >

この作品をシェア

pagetop