“Three Years”isn't so long
エピローグ
それから少しして、界人はバイトをやめた。
大学も一時休学して、上京したのだ。
店長の話によれば、「klang」の「kaito」には、随分前から東京の「お偉いさん」が目を付けていたのだとか。
このまま「klang」でバンドを続けるか、東京で「kaito」ひとり、別のバンドでデビューするか。
そんな境遇に、当時の界人はあったらしい。
「『klang』のメンバーは全員、快く界人を送り出すつもりだったんだけど、界人はあの性格でしょ?『みんなを裏切りたくない』とか言って、随分悩んでたみたい。そのせいで、一時バンド内もモメてたし」
年明け早々の週末、金曜、午後10時。
ほとんどお客さんのいない、寂れたファミリーレストラン。他店からヘルプで来ているらしい無愛想なウェイターに業務を任せて、店長は相も変わらず私と向かいの席で、コーヒーを美味しそうに飲んでいる。
「だいぶ煮詰まってたように見えたけど、案外あっさり東京行っちゃったなァ。なんでだろ」
わざとらしく首をかしげて、店長が誰にともなく疑問を投げかける。
「さァ」
店長の尋問を早々とかわしながら、あの夜の界人の言葉を思い出す。
“進んで、ちょっとしたら…”
「そーゆーコトね」
つまりあれは、界人なりの別れの挨拶だったのだ。
私の自惚れでなければ、多分界人はあの瞬間に、東京行きを決めたのだと思う。
界人はそれっきり連絡も寄越さずに、年が明けたころにはさっさと東京に旅立ってしまっていた。
分かりにくい上に回りくどいことこの上ない、そんな挨拶だったけれど、私にとっては都合がよかったのかもしれない。
もしあの時、界人がはっきり「東京に行く」なんて言っていたら、私は何と返していたか、分からない。
界人の背中を押すだけ押して、「好きだから行かないで」なんてことを万が一にも言っていたら、笑い話じゃ済まされない。
何より、彼とは再会の約束も、ちゃんとした。
ちょっとしたら、の「ちょっと」が、界人の中でどれくらいかは分からないけれど。
せいぜい2、3年やそこらだろう。
「まァ、3年くらいなら、待ちますよ」
「え、なにが?」
「いえ、こっちの話です」
店長の問いかけをスルーして、窓の外をふっと眺める。
遠くの街灯りが、優しくチカチカと明滅している。
コーヒーの香りを楽しみながら、くいっと飲み干し、語りかける。
待つよ、3年くらいなら。
だってそうでしょ?
3年なんて、そんなに長くは、ないのだから。
大学も一時休学して、上京したのだ。
店長の話によれば、「klang」の「kaito」には、随分前から東京の「お偉いさん」が目を付けていたのだとか。
このまま「klang」でバンドを続けるか、東京で「kaito」ひとり、別のバンドでデビューするか。
そんな境遇に、当時の界人はあったらしい。
「『klang』のメンバーは全員、快く界人を送り出すつもりだったんだけど、界人はあの性格でしょ?『みんなを裏切りたくない』とか言って、随分悩んでたみたい。そのせいで、一時バンド内もモメてたし」
年明け早々の週末、金曜、午後10時。
ほとんどお客さんのいない、寂れたファミリーレストラン。他店からヘルプで来ているらしい無愛想なウェイターに業務を任せて、店長は相も変わらず私と向かいの席で、コーヒーを美味しそうに飲んでいる。
「だいぶ煮詰まってたように見えたけど、案外あっさり東京行っちゃったなァ。なんでだろ」
わざとらしく首をかしげて、店長が誰にともなく疑問を投げかける。
「さァ」
店長の尋問を早々とかわしながら、あの夜の界人の言葉を思い出す。
“進んで、ちょっとしたら…”
「そーゆーコトね」
つまりあれは、界人なりの別れの挨拶だったのだ。
私の自惚れでなければ、多分界人はあの瞬間に、東京行きを決めたのだと思う。
界人はそれっきり連絡も寄越さずに、年が明けたころにはさっさと東京に旅立ってしまっていた。
分かりにくい上に回りくどいことこの上ない、そんな挨拶だったけれど、私にとっては都合がよかったのかもしれない。
もしあの時、界人がはっきり「東京に行く」なんて言っていたら、私は何と返していたか、分からない。
界人の背中を押すだけ押して、「好きだから行かないで」なんてことを万が一にも言っていたら、笑い話じゃ済まされない。
何より、彼とは再会の約束も、ちゃんとした。
ちょっとしたら、の「ちょっと」が、界人の中でどれくらいかは分からないけれど。
せいぜい2、3年やそこらだろう。
「まァ、3年くらいなら、待ちますよ」
「え、なにが?」
「いえ、こっちの話です」
店長の問いかけをスルーして、窓の外をふっと眺める。
遠くの街灯りが、優しくチカチカと明滅している。
コーヒーの香りを楽しみながら、くいっと飲み干し、語りかける。
待つよ、3年くらいなら。
だってそうでしょ?
3年なんて、そんなに長くは、ないのだから。