あまの邪鬼な暴君
落としたハンカチ、拾った想い
◇◆◇
「よお、ブス」
「あ……いっちゃん」
げんなりして、垂れてしまう頬を引き締める。
ちょっと私の反応が遅いだけで、いっちゃんはすぐ不機嫌になるので、対応は丁重に行わなければならない。
おはよう、と私が挨拶をすると、いっちゃんはニィっと口角を上げた。
今日はなんだかご機嫌だなぁ。
「ハッ、てめーは今日もクッセエ顔してんのな」
彼の言う「クセエ顔」とは、「辛気くさい顔」という意味の言葉である。
彼の私への刺の含んだ言葉は、いつものことだから別に気にしない。
それよりも。
「……別に好きでこんな顔なわけじゃないよ」
ワイシャツの襟からチラリと見えた、彼の首筋に浮かぶ赤い跡に胸がチクリと傷んだ。
ああ、だから機嫌が良かったんだ。
「ああ”?」
「な、なんでもない、です」
「………チッ」
舌打ちをして、頭をぺしっと叩かれる。
「いたっ……な、なんで叩くの!」
「ムカついたら」
理不尽すぎるいっちゃんに、一言言い返してやろうと思ったけど。
ばちり。
周囲から鋭い視線を感じて、私は急いでゆーくんから距離を取る。
ここ、高校の近くの道だった。
「ああ?てめ……」
不機嫌に歪められた表情に、思わず足がすくんだ。
けど、私は頑張った。
「わ、私日直だったんだ!じ、じゃあ先行くね!」
「はあ"?オイ!」
何か物言いたげないっちゃんに、気が付かないフリをして駆け出した。
「なんだよ。てめぇ覚えてろよ、ブスズ!」
背後から聞こえるいっちゃんの怒鳴り声に、涙目になる。
(大きい声で、私のこと言わないでよ……!)
走って道を通り過ぎるとき、私と同じ制服を着た、名前の知らない女の子に睨まれて、いっそ泣きたくなった。
……この世は理不尽でまみれている。
「まあ、睨みたくなる気持ちは分かるけど」
私の幼馴染みのいっちゃんは、口も態度も性格も悪い。
けれど、鼻が高くて、男子のくせに肌キメ細かくて、髪の毛はサラサラで。
(……今はワックスつけてツンツンだけど)
まあ、それは置いといて。
「ねえ斉賀くんだ、カッコいい……」
「ほんとだ、朝から見れるなんてツイてるね!」
だから、いっちゃんはとってもモテるのだ。
「………」
そんなカッコいい彼の「幼なじみ」が、平々凡々の私だなんて。
「ブス、ブス、言うな……バカいっちゃん」
ほんとうに、世の中は理不尽だと思う。