あまの邪鬼な暴君
「それ、藤咲なのか?」
「うん。そうだよ」
嵐が過ぎ去ったように、いっちゃんがいなくなった教室は静かだった。
まあ、朝のHRまで時間があるから、そもそも教室にいるのが、私と神田くんだけっていう。
静かなのは当然だ。
「……斉賀に盗まれたのか?」
真剣に問う神田くんに、違うよ、と笑って、いっちゃんが届けてくれたハンカチを広げて見せる。
「これね、お気に入りのなの」
「うん。藤咲らしい可愛いハンカチだと思う」
「えへへ、お花が散ってて良いよね」
「…………」
ピンクの生地に、白い小花の刺繍が縫われているこのハンカチが、私のお気に入りだってことを、いっちゃんは知っている。
きっと、朝会った時に落としちゃってたんだ。
「……いっちゃんはね、口も態度も悪いけど。ほんとは優しいんだよ」
ただ不器用だから、好意を上手くあげられないんだ。
「藤咲が、斉賀と幼なじみって、本当だったんだな」
「え?」
「さっき、いっちゃんって」
ああ、そうだった。
私は、高校ではいっちゃんのことを名字で呼んでいる。
『幼なじみってだけのクセに!』
『イツキの彼女でも無いクセのに!』
『本当のカノジョに申し訳ないとか思わないわけ?』
「……藤咲?」
「あ、そう、そう。私と斉賀くんって家が近所なんだよね!幼稚園からの一緒で。あと、親同士が仲が良くて」
「それで、藤咲と斉賀も仲が良いのか」
神田くんの問いかけに、ぐっと息が詰まった。
「いやぁ、ぜんぜん!神田くんもさっき見たでしょ?単に昔から知り合いってだけだよ」
私がいっちゃんと関われているのは、幼なじみだから。
単に、運が良かったってだけ。
「そろそろみんな来るよね!机と椅子の整頓しよう?」
お気に入りのハンカチを、ブレザーのポケットにぐいっと仕舞い込んだ。