あまの邪鬼な暴君
「ただいま~」
「おかえり。すず」
「あら!すずちゃん、お帰りなさい!」
ふわりと、華やかな薫りが鼻をくすぐる。
あ、いっちゃんと同じ薫り。
「いっちゃんママ!お久し振りです!」
私が挨拶すると、ふわっと笑顔を浮かべる美人は、言わずもがな、いっちゃんのママである。
涼しげな顔立ちに、彼の面影が重なり胸が苦しくなる。
「ふふ、相変わらずとっても可愛いわね!」
「そ、そんなことないです」
いっちゃんに似た顔に、可愛いと言われて、ふいに視線を下げる。
いっちゃんママに会うのは3年ぶりだ。
いっちゃんのママは日本にいることが少ない多忙な女性なので、頻繁に会えないのは当たり前といえば当たり前なのだけど。
「い、いっちゃんママも、変わらずお綺麗ですね!」
白いワンピースに、淡い色のカーディガンを羽織ったいっちゃんママ。
物語で見る、理想のお母さんに思わず見惚れる。
「ふふ、ありがとう。すずちゃんもちょっと会わないうちに、綺麗になったわね。これはイツキもウカウカしてられないわ~」
「はは……」
いっちゃんは私なんて目もくれませんよ、と心で呟く。
「すずちゃんってば、毎年恒例のバーベキューパーティーも来なくなっちゃったでしょ?イツキ残念がってたのよ~」
「え?」
もちろん私もね!とウィンクするいっちゃんママに、苦笑いを浮かべる。
バーベキューパーティー。
私といっちゃんが幼稚園の頃からずっと行われていた、二家庭合同家族行事だ。
3年前から、私はそれに参加していない。
それは、私なりの踏ん切りなのである。
ま、私が参加しなくても毎年開催されているのだから。結局は両親たちが盛り上がりたいだけなのである。
「そう言って貰えて嬉しいです。ありがとうございます。あ、あと、すみません」
「謝らないで?すずちゃんも忙しいのよね!いつまでも子供じゃないもの、私たちも子離れしないといけないのよね、藤咲さん」
「それが違うのよ、斉賀さん。すずってば家で本ばっか読んでてね……」
「ちょっとお母さん!」
「そうなのすずちゃん?なら、今年は参加してくれないかしら?すずちゃんがいないと、イツキが寂しがるのよ~」
「……そんなことは、ないと思いますけど」
「じゃあ参加してくれるわよね!じゃあ今年は美味しいお肉たくさん用意しちゃいましょ!」
え、いやいや。聞いてますかいっちゃんママ……
「わ、私!バイトが入っちゃうかもしれなくて!」
「すず。アンタバイトなんてしてないでしょ」
「こ、これからするの!」
「すずちゃん、そうなの?」
「え、は、はい。一応、考えてて……」
ジトリと睨む母は、この際無視しをしよう。
トントン拍子で進む会話に、冷や汗がダラダラと流れる。
「なら、すずちゃんのバイトが無い日にしましょう!」
「ええ!?」
「すずちゃんの予定が決まったら教えてね~!」
8月よ!と笑ういっちゃんママに、私はひきつった笑みを浮かべた。
「楽しみね、すず」
「…………」
8月なんて、まだ先だ。
だってまだ梅雨すら明けてない。
いっちゃんだって、今年は私と同じで高校初めての夏だもん。
きっと、予定がいっぱいあるはず。
『すーず!もっとたべろよ!ほら』
『や。もう、たべれないよ~』
『はー?だからチビなんだよ、チビすず!』
『いっちゃんがおっきいだけだよ!』
『グズスズのクセにナマイキなこといいやがった!つーかな、たべものムダにすっとチョーコワイおばけがでるんだぞ』
『……え?』
『んで、てめぇがくわれんだ』
『ふぇ、ふっ……うあ……』
『なくなよビービー、なき虫!』
『ぐふぇえ…ええーん…』
『うるせぇ、スズ虫だな』
結局、そのお肉はいっちゃんが食べてくれたんだっけ。
小さい頃から、口の悪くて意地悪ばかりをしてきた幼馴染み。
どこに惹かれたのかは分からないけど、いつしか私は彼に恋心を抱いていたのだ。
そして、それは叶わずに散ったのだ。