あまの邪鬼な暴君
ま、間に合った。
プシューッと音がして、ドアが閉まる。
「息上がり過ぎな。もやしっこかよダセー」
「……はぁ……っいつもは、はぁ、余裕持って、はぁ行って、はぁ……っ、だから、走ってなぁ……ぐぇ……っ」
何かを喋ろうにも、息が乱れてまるでダメだった。
「汗拭け。タオルあんだろ」
確かに、汗ダラダラなのは恥ずかしいな、と。
ブレザーのポケットを、電車に揺らされながら探る。
タオルは無いけど、ハンカチが。
あった!って。
「あ!」
これ。
ピンクの生地に、白い小花柄の………
「い、いっちゃん!」
「んだようるせーぞ!電車ん中だぞカス!」
「…………」
いや、いっちゃんのほうが。
まあ、いいか。
「ご、ごめん。でも!これ、ありがとね!届けてくれて」
「…………」
こそっと小さな声でお礼を言えば、いっちゃんはバツが悪そうに端正な顔を歪めた。
「んな使い古しの汚ねえボロ雑巾を道に棄ててんじゃねえよ。迷惑だろうが。地球デストロイヤーか。おれはテメーでゴミ箱に棄てろって持ってってやったんだよバカ!」
とっても失礼なことばっか言ってるけど、これは彼なりの照れ隠しである。
それを私は知っているから、なんだかほんわかして、思わず頬が緩む。
「うん、ゴミじゃないんだけど。ゴミじゃなかったから、ありがとう。拾ってくれて」
「……チッ」
「あ、おおっと!」
ぐらり車内が揺れて、慌てて吊革を掴む。
「あはは、危なかった~。思わずいっちゃんを巻き添えに倒れちゃうとこだった~」
「……テメーが掴まったくらいで、このオレが倒れるわけねえだろ、ボケ」
ああ、それもそっか。
「気を付けろグズ」
ああ。
「……やっぱりさ、いっちゃんは優しいよね」
「はあ?ナニ気持ち悪りぃこと言ってんだ、やっぱ転べ」
「うん。分かってる」
口も、態度も悪いけど。
ただ、不器用なだけなんだよね。
「分かってるってお前……」
「あれー?イツキじゃーん!」
いっちゃんの背後から、黄色い女の子の声がした。
私が着ている制服とは、違う制服を着た女の子。
「イツキいつもこの時間の電車なの?ちょー偶然だね!」
……すごいなぁ、いっちゃん。
他校の女の子とも知り合いなんだ。
いや、もしかして、この女の子が。
「だれだっけ、アンタ?」
「はあ~ひどーい!この前レイナと一緒にいたじゃーん」
違うっぽい?
でも、心なしか、いっちゃんの言葉使いが優しい気がする。
そんな小さなことに、私の心は律儀にチクリと傷んだ。
「覚えてねーわ。それどこの高校?思い出せねーんだけど」
私に背を向けて、女の子と会話を始めるいっちゃん。
心がギューっと傷んだけれど
仕方ないよね
なんて、諦めの感情が心を軽くした。
彼には彼の世界があって。私の知らない彼がいて。
だから、私への時間は、これで終わりなんだろう。
「おい」
女の子と会話を始めるするいっちゃんから、そっと後退して距離を取る。
いっちゃんの傍にいるのは、楽しくて、幸せだ。
だから、彼から離れるこの瞬間は、いつもとても苦しい。