私たちの好きな人

 
「あの時はよかったよ」

 そう言いながらお弁当のタコさんウインナーを箸で乱暴につつく。
 最近の私は何に対しても腹が立つ。特にこういう能天気で幸せそうなやつを見るとね。

「ちょっとぉ、利那、その子は悪くないでしょ」

そう言って困ったように笑うのは同じクラスで親友の佳澄。
 今日も姫カットがよく似合っている。

「……まー、そうだけどさ」

 仕方ない、タコめ。
 今日のところは佳澄の可愛さに免じて許してやろう。

「ねえー、利那。島崎のことが好きなのはわかるよ?でもさ、利那が幸せになれないならやっぱり別れたほうがいいと思うの」

「わかってるよ……」

 佳澄の言うことは正に正論。
 いくら好きでも、私が幸せを感じないのなら、それは良い恋愛とは言えない。
 でもさ、そんなことわかってるし、それができたらとっくにしてるよ……
 そう、私は今苦しい。苦しくて苦しくて仕方ないの。
 箸を持つ手が止まる。途端、目の奥が熱くなって、涙が出そうになる。
 そんな私を見て、

「……私が男だったら、利那にこんな顔させないのに」

 と佳澄が独り言のようにつぶやいた。
 しかもさみしそうな表情で。
 佳澄は優しい。いつも私の思いをくみ取ってくれている。

「佳澄……ありがとう」

 嬉しさのあまり、結局涙は落ちてしまった。
 佳澄は「もー利那、泣かないの!」と再び困ったような笑顔で言った。
 私が一番大好きな、安心する顔。
 佳澄と親友になれてよかったとつくづく思う。
 こうやって親身になってくれる人はなかなかいないから。

 一息ついたところで佳澄が話を戻した。

「それで……どうするの……?」

「…………うん」

「こんなこと言いたくないけどさ、このままいけば、また新しい子、増えちゃうかもしれないよ」

「そう……だね……」

 新しい子、というのは彼女のことだ。
 彼女、というのは湊の彼女のことだ。
 つい先月から私は湊の彼女になった。今も彼女であることは間違いない。

「最初はなんの冗談かと思ったよ。ただの浮気だと思った」

 私もそう思ってた。
 浮気でも冗談でしょ?って思うけどね。

「そしたら普通に利那といるときも、あの子のこと〝彼女〝って言うんだもん。私びっくりしちゃった。こいつ神経逝ってるなって」

 佳澄にしては珍しく汚い言葉。でも私もほんとにそう思う。

 つまり、湊には私以外にも彼女がいるのだ。 
 付き合い始めて一週間くらいのことだった。
 それを知った時は、こんなに辛いことってあるんだろうかってくらい辛かった。
二年間片思いをして、半ば暴走気味ではあったけれど、自分の思いを伝えて、めでたく彼女になれた。
 このうえない幸せだった。幸せの始まりだった。

 それを、たった一週間で壊された。
 なぜかその時のことはよく覚えている。

 放課後、春の涼しい風がよく通る二階の踊り場で、お風呂上りはアイスか牛乳か、なんてどうでもいい話をしていた。
 私は牛乳だよって言った後、ふと思い出したように、湊はさらっと「あ、彼女ができたから、仲良くしてやってな」って言ったんだ。

 心地よかった風が急に寒く感じた。
 目の前が真っ白になった。
 意味がわからない。
 じゃあ、私たちの関係はどうなるの___?
 
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