わたくし、愛しの王太子様に嫁ぎますっ!
そんな日々が過ぎ、出発日が数日後に迫った夜。
城の皆が寝静まった夜半すぎに、リリアンヌはこっそり部屋を抜け出した。
今夜は満月。
空は雲も少なく、煌々と降りそそぐ月明かりに庭の花花が照らされて、昼間とは違った儚げな美しさを見せる。
月明かりの中、サーッと吹きわたる風に花びらが舞い、なんとも幻想的な雰囲気だ。
幼い頃に寝物語で聞いた花の妖精が、花びらの陰からふわりと飛び出てきそうだ。
「素敵な夜だわ」
静かで、怪しく美しい。
「こんな夜なら、上手くできるわ」
昼間とはいかないまでも明るく、地面にはほのかな影ができている。
夜回りの騎士に見つからないよう気を付けながら、リリアンヌは花壇を通り抜けて城の端にある矢場を目指した。
ここのところ旅の準備で忙しくて弓矢の稽古ができず、ストレスが溜まりぎみだ。
それに旅は危険を伴うもの。いつ弓の出番が来るとも分からず、いざというときのために稽古をしておくつもりなのだ。
夜の稽古は初めてのこと。
勿論、一人でするのも同様。
鳥の鳴き声も聞こえず、ただ夜風が吹くのみ。
いつもの的がやけに近くに感じる。
放った矢は狙い通りに飛んでいき、すとんと真ん中に当たった。
「リリ」
思いがけずに名を呼ばれたリリアンヌの体がビクッと震えるのと同時に、心には嬉しさが沸き上がる。
「この声は・・・」
振り向いたリリアンヌの瞳に、茜色の髪の凛々しい青年が映った。