わたくし、愛しの王太子様に嫁ぎますっ!
このままずっと腕の中にいられたらどんなにいいだろう。
でも言わなければいけないことがある。
レイの胸をそっと押して、リリアンヌは見上げた。
「わたくしは、ミント王国の王女、リリアンヌです」
真剣な表情で言うリリアンヌに対し、レイはふわりと微笑んだ。
「・・・知ってる」
「え、いつからですか?」
「最初に川で会ったときだ。俺が送った花のネックレスをしていただろう?分からないはずがない」
「あ・・・」
そうだった。レイはあのとき、胸元に目を留めていたと思い出す。
「でもどうして名前が違うのですか?レイだと・・・」
「リリ、言っとくが、偽名ではないぞ。俺の名は、アベル・レインハドル・リオン。隠密で活動するときは、あまり知られていないミドルネームを名乗る。あのときは賊の討伐活動中だった。それに・・・リリも名乗らなかっただろう?おあいこだ」
「あ・・・ごめんなさい」
「まさか、リリは、許嫁の名前を覚えていなかったのか?まったく困ったものだ」
困ったものだと言われても、まさか素手で魚を獲る野性的な人が王太子だとは夢にも思わない。
ミドルネームを使うことも同様。
それに、自分だと分かっているなら名乗ってくれていればよかったのにとも思う。
そうすれば、あんなにつらい乙女心など経験しなかったのだ。
リリアンヌはレイから離れ、くるんと背を向けた。