わたくし、愛しの王太子様に嫁ぎますっ!
赤い印は、一つ一つはかなり離れていて関連がないように見える。
だがそれを線で結べば、ここローザの宿場街を基点とするように歪な円を描く。
「だから、ここに来たんだ」
「は、申しわけありません。まったく気づかずにおりました」
「まあ、この宿場街自体に事件はないんだ。君はよく管理をしていると言える」
黒髪の青年は、地図をくるくる丸めて籠に仕舞った。
「ありがとうございます」
警備隊長は照れながら頭を下げるも、自らのふがいなさを痛感していた。
今から五日前、黒髪の青年は何の前触れもなく『王太子の命により隠密で来た』と一枚の書状を持ち、数人の部下を従えて来た。
そして一般の旅人に交じり、内密に活動している。
一介の警備隊長には今回の賊の討伐は難しく、任せられないと本国で判断されたのだと思える。
実際黒髪の青年は大変頭がよく統率力もあり、本国ではかなり活躍をしていそうだ。
「わざわざご足労いただき、申しわけありません」
「まあ、今回は他に用もあった。ちょうど・・・ん!?」
急に、青年の目が外に釘付けになり固まった。
「どうしたのです?」
警備隊長も窓の向こうに目をやるが何も見えず、おぼろげな月に照らされた道があるだけ。
「一体何があったのです?」
「今、毛並みの良い、気の強い猫が通った」
「は?気の強い、猫、ですか?」
「そう“猫”だ。俺は一旦本国に報告に戻らねばならん。部下は残るから、引き続き協力を頼む」
「は、お疲れさまでした!」
ビシッと敬礼する警備隊長にひらりと手を振って、青年は外に出た。